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Interview
望月眞弓氏
日経DI2012年6月号

2012/06/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年6月号 No.176

 医薬品医療機器総合機構(PMDA)は今年3月から、薬の副作用を患者自身や家族が直接報告する「患者副作用報告」の受付を試行的に開始した。この事業の基を作ったのは、2009~11年度の3年間にわたり検討を続けてきた厚生労働省の研究班だ。その研究代表者を務めた慶應義塾大学の望月氏に、患者副作用報告の意義について聞いた。(聞き手は本誌副編集長、北澤 京子)

Mayumi Mochizuki 1976年、千葉大学薬学部卒業。製薬企業や病院での勤務を経て、97年千葉大学助教授、2000年北里大学教授、07年共立薬科大学教授、08年より現職。専門は医薬品情報学。

─そもそも、患者が副作用を報告することがなぜ重要なのですか。

望月 ある抗うつ薬の服薬を中止したところ、頭や目を動かすと「脳の中に電気が走るような感覚」を覚えた患者が、それを「electric head」と表現しました。ところが、それを医療者が、電気事故でしびれたときのような症状、「electric shock」と読み替えたため、情報がうまく利用されなかったという事例が、英国で報告されています。インターネットの口コミで類似の経験を持つ患者が次々に出てきて、この2つがまったく違う症状であると分かったのです。

 同時期に英国で、DIPEx(Database of Individual Patient Experiences)という活動が始まりました。さまざまな病気の患者が自分の体験を語り、それを記録して、データベース化する取り組みです。患者自身の体験やその表現の方法が、同じ病気を持つ他の患者ばかりでなく、医療従事者にとっても有用な情報源となり得ることが分かってきました。

 その頃私は、OTC薬のリスク分類に取り組んでいました。でも、OTC薬にどのような副作用があるのかがきちんと報告されていなければ、リスクの分類もできません。OTC薬の場合、薬剤師や医師との接点も限られています。そこで、患者が直接、副作用を報告できるようにすればいいと考えたのです。

 そんな折、厚労省「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」の最終提言に、患者からの副作用情報を活用する仕組みを創設することが盛り込まれました。「ぜひやりたい」と手を挙げ、09年度から3年間、国の研究費を得て研究を行いました。私たちの研究成果は、PMDAが試行中の「患者副作用報告」にも生かされています。

─どんな研究をしたのですか。

望月 患者やその家族が薬の副作用の体験を報告するためのウェブサイトを構築し、実際に報告してもらって、データを分析しました。薬との因果関係を自分で判断できなくても構わないので、正確には有害事象の報告ということになります。

 まず、このウェブサイトを多くの人に知っていただく必要がありました。そこで厚労省やPMDAの協力を得て「医薬品・医療機器等安全性情報」(No.276)で紹介してもらったり、マスコミに報道してもらったりしました。さらに、薬局にもウェブサイトの存在を知らせるポスターを張っていただきました。

 昨年1月にウェブサイトを公開し、3月上旬までに100件以上の報告があったので、これはいい調子だと思っていたところに東日本大震災が起き、報告数がガクッと下がりました。結局、昨年12月までの約1年間で220件の報告がありました。

 苦労した点は2つあります。1つは、患者に薬の名前を正しく記載してもらえるかという点です。医療用医薬品に関しては、患者自身が薬剤情報提供書で薬の正確な名前を知っていることが多く、また、仮に規格が違っていても有効成分は同じなので、何とかクリアできるでしょう。ところがOTC薬は、例えば同じブランド名の薬でも、含まれている成分が異なる商品が複数存在する場合があります。これについては、よい解決策を見つけられませんでした。

 もう1つは、時間的な前後関係が分かるように報告してもらえるかということでした。ある有害事象が薬の副作用かどうかを推定する際に一番大切なのは、有害事象が発現する前に薬を飲んでいたことの確認です。そのため、患者が報告する際、時間軸に沿って入力してもらえるよう工夫しました。

 さらに運用上、現在進行中の副作用が報告された場合にどう対応するかという問題もありました。夜中に入力された報告を翌日の朝に知り、その時点で患者に連絡を取って、もしまだその症状が続いているようなら医療機関を受診してください、と伝えたこともありました。オランダでは、患者からの問い合わせや相談に対してアドバイスする体制ができているのですが、日本ではなかなか難しいのが現実でしょう。

─研究班の成果を踏まえ、PMDAが患者副作用報告の受付を開始しました。

望月 私自身は、PMDAの患者副作用報告にはタッチしていないのですが、試行とはいえ、行政への副作用報告のチャンネルが1つ増えた意義は、やはり大きいと思います。色々なチャンネルを通じて、「これは薬の副作用かもしれない」という情報が集まれば集まるほど、情報の正確さが増していきますから。

 それと、初めにもお話ししたことですが、患者が自分の言葉で、どの薬を飲んで、飲み始めてどのくらいたったときに、どのような症状が出てきて、それからどうなったか……と経過を入力するので、それ自体が重要な情報になると思います。ただし、ある特定の表現、言い回しが副作用のシグナルとして捉えられるには、かなり多くのデータを集める必要があるでしょう。

 患者副作用報告は、患者が医療に参加する一つの方法だと思うんです。薬には作用もあれば副作用もあるということを知った上で、治療のために薬を飲むことを選択する。そして、薬を飲んで自分の身に起こったことを自ら観察し、それを伝えていく。患者が医療情報の受け手であるばかりでなく送り手にもなることで、医療従事者と患者の間に双方向の関係が生まれ、長い目で見れば、医療の質を高めることになると期待しています。

 患者副作用報告をきっかけにして詳しい調査がなされ、添付文書の改訂などにつながれば、文字通り、患者が医薬行政を動かしたことになります。その意味で、患者と行政とのコミュニケーションも深まる可能性があると思います。

─患者が副作用を報告するようになると、薬剤師の役割も変わりますか。

望月 薬剤師には、患者の安全を守るゲートキーパーとしての役割があります。薬の副作用について患者から聞き取ることの重要性は変わりません。聞き取りの結果、薬の副作用が疑われたら、自ら国に報告することもあるでしょうし、患者に「ご自身で報告する制度もありますよ」と知らせることもできます。

 薬との因果関係がまだはっきりしない段階で、患者が副作用“かもしれない”情報に接することもあるでしょう。そのような場合に薬剤師は、患者の不安や疑問に対して、サイエンスに基づいた支援を行う役割があると思います。

 文書による情報提供ももちろん重要です。ですが、薬の副作用をすべて薬剤情報提供書に載せていたら、ものすごく多くなってしまい、かえって患者に利用されない可能性があります。患者一人ひとりに合わせて、その人にとって必要な情報を交通整理してあげられるのが薬剤師です。

 患者の中には、「こんなことを相談したらいけないんじゃないか」とか「相談してもきちんと答えてもらえないんじゃないか」などと考えて、薬剤師に何も言わない人がいるはずです。そうした見えない壁を取っ払って、患者が何でも相談できる、かかりつけの薬剤師になれるかどうかが、改めて問われていると思います。

インタビューを終えて

 患者の医療への参加という点で望月先生が期待していることに、患者副作用報告と並んで医薬品教育があります。今年度から中学校の新学習指導要領が全面実施され、保健体育に「くすり教育」が盛り込まれました。さらに、厚労省が作成した薬害に関するパンフレットが、全国の中学校に配布されました。こちらは公民の授業で活用されるそうです。「授業で習ったこと、考えたことを、子どもたちが家に帰って家族に話すことで、薬に対する大人の考え方も変わってくるはず」と望月先生。将来が楽しみです。(北澤)

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