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医師が処方を決めるまで
甲状腺疾患
日経DI2012年5月号

2012/05/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年5月号 No.175

講師
西原 永潤
宮内 昭

(隈病院[神戸市中央区]内科・外科)

講師から一言
 甲状腺疾患の専門病院として名高い隈病院。西原氏は同院内科医長で、日本甲状腺学会の優れた研究者に与えられる七條賞を2011年に受賞している。「健診の普及に伴って、甲状腺疾患が発見される機会が増えてきています。その多くは、早急な加療を要しませんが、長期的な管理が必要になることもあります。服薬の必要性や副作用について丁寧に説明し、患者さんの療養をバックアップしてください」。

 甲状腺は、前頸部に位置し、甲状腺ホルモンを産生する内分泌臓器である。甲状腺疾患には、甲状腺ホルモン(T4:サイロキシン、T3:トリヨードサイロニン)の産生のバランスが崩れることによる甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症のほか、甲状腺炎や甲状腺腫瘍(良性、悪性)がある。

 甲状腺機能亢進症の代表であるバセドウ病と甲状腺機能低下症の橋本病は、患者数が多い。

 バセドウ病は甲状腺ホルモンが過剰となり、頻脈や体重減少、微熱、下痢、易疲労感、イライラ感といった症状がみられるほか、眼症状として眼球の突出(突眼)、ものが重なって見える(複視)といった症状を伴うこともある。

 一方、橋本病は徐脈、体重増加、寒がり、皮膚の乾燥、便秘、傾眠傾向などの症状がみられる。

 バセドウ病と橋本病の治療方針は、薬剤によって甲状腺機能を正常化することである。甲状腺機能亢進症であれば、抗甲状腺薬を主体として甲状腺機能を抑制し、橋本病で甲状腺機能低下症であれば、甲状腺ホルモン薬による補充療法を行う(表1)。

表1 甲状腺疾患で頻用される薬剤

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 また、悪性の甲状腺腫瘍では、腫瘍の摘出後、残存する癌細胞への増殖刺激を抑制するため、甲状腺刺激ホルモン(TSH)が低値になるまで甲状腺ホルモン薬をより多めに内服することもある。

 一方、無痛性甲状腺炎や亜急性甲状腺炎は、甲状腺ホルモンが一過性に高値となるが、抗甲状腺薬では治療効果はなく、むしろその副作用が懸念される。つまり、医師にとっては、投薬が必要ではない疾患をいかに正しく診断できるかという観点が重要となる。

 また、海藻類の多食やヨード含有薬(イソジンガーグル、造影剤)を投与した後に、甲状腺機能低下症になることがある。この場合は、甲状腺ホルモン薬の処方を考える前に、原因となるヨード過剰摂取を控えることが必要である。

 本稿では、実際の甲状腺疾患症例から、投薬すべき基準やそのタイミングなどを解説する。

妊娠を考慮しPTUを選択

 最初に紹介するのは、28歳女性の患者である。3カ月前から動悸や手のふるえを感じるようになった。インターネットなどで調べるうち、甲状腺疾患ではないかと不安に思い、当院を受診した。

 甲状腺疾患を疑う場合、初診では血液検査と頸部エコー検査にて甲状腺の腫脹や結節の有無を確認する。この患者は、血液検査では、TSHは0.003μIU/mL未満(基準値0.3~5.0μIU/mL)、遊離サイロキシン(F-T4)2.6 ng/dL(基準値0.7~1.6 ng/dL)、遊離トリヨードサイロニン(F-T3)10.8 pg/mL(基準値1.7~3.7 pg/mL)、TSH受容体抗体(TRAb) 5.3 IU/mL(基準値1.9 IU/L未満)だった。

 頸部エコー検査にて甲状腺はびまん性腫大で、推定重量28g(正常範囲5~20g)だった。バセドウ病の眼症状は特にないが、臨床所見に加えて、甲状腺ホルモン産生に関与する自己抗体(TRAb)が陽性だったことから、甲状腺機能亢進症のバセドウ病と診断した。

 患者は3カ月前に結婚し妊娠の希望があるため、抗甲状腺薬のうち、チウラジール(プロピルチオウラシル;PTU)の投与を開始した。

 抗甲状腺薬には、PTUの他にチアマゾール(MMI、商品名メルカゾール)がある。一般に使用頻度はMMIの方が高いが、近年、妊娠初期の投与により胎児の臍腸管遺残、頭皮欠損、後鼻孔閉鎖などの奇形との関連が指摘されているため、妊娠予定患者に対してはPTUを選択している。

 この患者の甲状腺機能亢進は中程度であり、標準的な投与開始量(200mg/日)で処方した。また、表2に示した本剤の副作用を説明し、2週間後に再診を指示した。

表2 抗甲状腺薬の副作用と対策(日本甲状腺学会『バセドウ病薬物治療のガイドライン2006』による)

1)抗甲状腺薬を使用する際、患者に薬剤の副作用について必ず説明すべきである。

2)軽度な副作用には、皮疹(蕁麻疹)、軽度の肝障害、筋肉痛、関節痛、発熱などがある。特に皮疹(蕁麻疹)は頻度が高い。

3)重大な副作用には、無顆粒球症、多発性関節炎、重症肝障害、MPO-ANCA関連血管炎症候群などがある。頻度は低いが、無顆粒球症は特に注意する。発熱など感染症を思わせる症状があれば、白血球数、好中球数をチェックすべきである。特に、好中球数が1000/μL未満の場合は、直ちに抗甲状腺薬を中止すべきである。

4)副作用は服用開始3カ月以内に起こることが多い。従って、少なくとも服用開始3カ月間は原則として2~3週の間隔で副作用のチェックを行う。なかでも特に開始2カ月間は、2週間ごとに診察することが望ましい。ただし、プロピルチオウラシル(PTU)によるMPO-ANCA関連血管炎症候群は、服用開始1年以上たって起こることが多いので注意を要する。

5)重大な副作用が出現した場合は、それを疑った時点で、あるいは診断がついた時点で直ちに専門医に紹介しなければならない。軽度な副作用でも、症状が持続するときやチアマゾール(MMI)、PTUいずれの抗甲状腺薬でも副作用が出現する場合には、専門医に紹介すべきである。

 再診時、血液生化学所見でAST 70 IU/L、ALT 88 IU/Lと、肝機能がやや悪化していた。また、全身に軽度の痒みがみられたが、膨隆疹は認めなかった。この時点では、PTUによる軽度の副作用も考えられたが、抗ヒスタミン薬のエバステル(一般名エバスチン)を頓用で処方し、注意しながら加療を継続した。

 初診から4週間後の受診時には、ASTが130 IU/L、ALTが175 IU/Lと、さらに上昇していたため、PTUによる肝機能障害悪化を疑い、PTU投与を中止して無機ヨード薬を処方した。

 抗甲状腺薬にはMMIとPTUがあるが、一方の薬剤で副作用を認めた時に、すぐに他方を投与するのは望ましくない。というのも例えばPTU 休薬後すぐにMMIを開始して肝機能障害が持続した場合、MMIでも肝機能障害が起こったのか、PTUによる肝機能障害が遷延化しているのかといった評価が難しいためである。

 そこで本症例では、肝機能障害の副作用がない無機ヨード薬へ変更して、甲状腺機能の改善と肝機能の回復を確かめた。ただし、無機ヨード薬を長期間投与すると、甲状腺機能改善の治療効果が減弱することがあるため、一般に短期間の投与にとどめている。

 その後は、薬物治療を継続するのであればMMIに変更、あるいは投薬以外の手術やアイソトープ治療(根治術)を選択する必要がある。

 本症例はPTUを休薬して2週間で、肝機能は正常化していた。この時点でF-T4、F-T3ともに基準値内となり、甲状腺機能亢進症状は消失していた。バセドウ病も比較的軽症であるため、2~3カ月は無機ヨード薬による加療でも問題ない。ただし、その後の加療に関しては、妊娠予定時期などを患者と相談しながら、薬物治療か根治術かを選択することになる。

脂質異常症を合併した橋本病

 次に紹介するのは、67歳の橋本病の患者である。この患者は、数カ月前から全身のむくみや疲れやすさに加えて、首の部分が腫れてきたことが気になって、当院を受診した。最近、記憶力があまりよくないことも心配だという。

 初診時の血液検査では、TSH 56.5μIU/mL、F-T4 0.5 ng/dL、F-T3 1.3 pg/mL、抗TPO抗体55.3 IU/mL(基準値27.9 IU/mL未満)、抗Tg抗体 90.2 IU/mL (基準値39.9 IU/mL未満)だった。

 頸部エコー検査では、甲状腺はびまん性腫大(推定重量73g)だった。甲状腺腫と抗甲状腺自己抗体(抗TPO抗体、抗Tg抗体)陽性の所見から、橋本病と診断した。

 抗甲状腺自己抗体は成人女性の約10人に1人が陽性で、その陽性率は加齢とともに高くなる。

 また、この患者は10年前から高血圧と狭心症を合併しており、最近、脂質異常症(総コレステロール値 280 mg/dL)も指摘されたという。検査所見や問診から、脂質異常症が指摘されたのと同じ頃に甲状腺機能低下症が増悪したと考えられた。

 甲状腺ホルモンが減少すると、肝臓や組織のLDL受容体が少なくなり、血中のコレステロールが組織に取り込まれなくなる。その結果、血中のコレステロール値が高まり、脂質異常症となりやすいことが知られている。

 つまり脂質異常症の加療をする前に、甲状腺機能の正常化を優先すべきである。

 また、本症例では、高血圧と狭心症という心血管系の合併症が認められた。そこで、治療の開始に当たり、甲状腺ホルモンの補充量は少量とした。また、甲状腺ホルモン補充療法開始後、甲状腺機能が落ち着くまでに1~2カ月はかかるので、初診時には2カ月分を処方した。

 2カ月後の再診時には、副作用である胸部症状はこの間みられず、TSH 12.3μIU/mL、F-T4 0.8 ng/dLと潜在性甲状腺機能低下症のレベルまで改善していた。そこでホルモン補充量を増やして、さらに2カ月後の再診を指示した。

 治療開始4カ月後の検査では、TSH 3.2μIU/mL、F-T4 1.2 ng/dLと甲状腺機能は正常化していた。以後、チラーヂンS(レボチロキシン) 50μg/日を維持量として継続投与した。

 また、この時点で総コレステロール値も208mg/dLと正常化しており、脂質異常症に対する加療は行わなかった。

不妊検査中に橋本病を指摘

 甲状腺機能異常は、不妊症とも関連する疾患として知られている。次に紹介するのは、自覚症状はないが不妊検査を契機に橋本病が発見された患者である。

 この患者は結婚して8年間、妊娠を希望していたが妊娠しなかった。最近、婦人科で不妊検査を行った際に、TSH 7.8μIU/mL、F-T4 1.0 ng/dL、F-T3 2.8 pg/mL、抗TPO抗体57.3 IU/mL、抗Tg抗体 134.0 IU/mLと、抗甲状腺自己抗体陽性で甲状腺機能低下が認められた。頸部エコー検査では、甲状腺はびまん性で正常大(推定重量18g)だった。

 この患者は甲状腺腫大は認めなかったが、抗甲状腺自己抗体陽性の所見から、軽症の橋本病と診断された。症例2と比較すると、甲状腺機能低下の程度は軽度であり、自覚症状や合併症は特にない。

 一般に、TSHが10μIU/mL未満であれば、海藻類などのヨード制限を行いながら、投薬をせずに経過を見ていても問題はない。

 ただし、この症例では、不妊という経過と妊娠希望がある。甲状腺機能異常によって不妊症になり得ること、現在39歳であり、妊孕性から考えてもなるべく早期に甲状腺機能を改善する必要があると判断され、当院に紹介受診となった。

 薬物療法開始時、合併症がなかったことから、甲状腺ホルモンの初期補充量は50μg/日とした。

 2カ月目の再診時、甲状腺機能はTSH 2.4μIU/mL、F-T4 1.3 ng/dLと正常化していたため、同量の甲状腺ホルモン補充療法を継続した。そして、補充療法開始6カ月目に、不妊治療中の病院で人工授精が施行され、当院には妊娠6週目で再診した。

 この時の甲状腺機能は、TSH 4.8μIU/mL、F-T4 1.0 ng/dLで、甲状腺機能は正常範囲内だった。ただし、一般に妊娠中は甲状腺ホルモン補充の必要量が増大するため、妊娠前の1.5倍くらいの補充量が必要である。

 その後の検査では、TSH 2.5μIU/mL前後の甲状腺機能正常状態で推移した。出産後はチラーヂンSを25μg/日まで減量して、出産1年後の現在も内服を継続している。

亜急性甲状腺炎には経口ステロイド

 最後に紹介するのは、甲状腺疾患の中でも急激な経過をたどる亜急性甲状腺炎の症例である。

 患者は10日前から、頸部痛と37.5~38.5℃の発熱が続いていた。近くの内科を受診し、甲状腺腫大と甲状腺ホルモンの高値、CRP上昇が認められたため、亜急性甲状腺炎と診断された。治療として、ロキソニン(ロキソプロフェンナトリウム)とフロモックス(セフカペンピボキシル塩酸塩)が処方されたが、改善しないため紹介受診となった。

 当院初診時の血液検査では、TSH<0.003μIU/mL、F-T4 2.1 ng/dL、F-T3 5.8 pg/mL、TRAb<1.3 IU/mL、CRP 4.5 mg/dL (基準値0.5 mg/dL未満)。頸部のエコー検査では、甲状腺両葉に炎症性低エコー域の所見を認めた。そのほか、24時間放射性ヨード摂取率は0.2%(基準値10~40%)と低値だった。

 当院での診断も亜急性甲状腺炎であり、前医の診断に問題はないが、薬剤選択については検討の余地がある。

 亜急性甲状腺炎は、有痛性の一過性甲状腺中毒症であり、症状の緩和が治療の主体となる。病因はいまだ分かっていないが、少なくとも細菌感染ではなく、抗菌薬は無効なので、フロモックスは中止すべきである。また、甲状腺ホルモンが高値といえども、PE13ページで述べたように抗甲状腺薬は無効であり、投与してはならない。

 ロキソニンの投与については、痛みや炎症の程度が軽度であれば、投与するのは問題ない。しかし、1週間以上の内服で治療効果が出ていないことから、継続投与は望ましくない。

 本疾患に対して、最も効果的な薬剤は経口ステロイドであり、ほとんどの症例は、1~2日のうちに疼痛などの自覚症状が消失する。本症例では、糖尿病などの合併症がないか確認し、ステロイドとともに潰瘍の予防目的で、ザンタック(ラニチジン塩酸塩)とセルベックス(テプレノン)に処方変更した。

 その2週間後の再診時には、自覚症状や甲状腺の硬結が消失し、甲状腺機能や炎症所見も改善を認めた。ただし、症状の改善後、すぐにステロイドを休薬すると再燃することが多いため、以後、プレドニンを10mg/日から5mg/日に2週間ごとに漸減して、投与開始から6週目に休薬した。

 初診から6週目の検査所見では、抗甲状腺自己抗体は陰性だったが、TSH 18.2μIU/mL、F-T4 0.6 ng/dLと甲状腺機能低下症を認めた。

 さて、この時点で甲状腺ホルモン補充療法は必要だろうか。本疾患のように亜急性甲状腺炎後には、しばしば一過性の甲状腺機能低下症が認められる。甲状腺機能低下症の程度が重度な場合には、チロナミン15mg/日程度を1~2カ月投与して、F-T4の値が改善するまで様子を見ることもある。ほとんどの例では甲状腺機能は正常化するが、甲状腺が萎縮して永続性の甲状腺機能低下症と判断されたときは、チラーヂンSに処方を変更する。

 本症例では、甲状腺機能低下症の程度はそれほど重度ではないと判断し、甲状腺ホルモン補充療法は行わなかった。初診から2カ月後には甲状腺機能が正常化し、以後加療は行っていない。

背景を把握した上での治療が原則

 甲状腺疾患の治療薬の種類は少なく、甲状腺機能を正常化するだけであれば、多くは1~2カ月で達成可能である。しかし、投薬なしで経過観察する判断や薬のさじ加減については、医師の技量の差が出てくる。その際に重要なのは検査データだけでなく、患者の年齢、合併症、妊娠の希望といった背景をきちんと理解しておくことである。

 また、抗甲状腺薬を使用するときには、副作用の可能性を、医療者も患者も十分に認識しておく必要がある。

 一度でも重篤な副作用を経験すると、医師はその重要性を認識できるが、初回投与の患者にしてみれば副作用の経験はないため、一度の説明だけでは認識できないことが多い。そのため、薬剤師の方々には服薬指導時に丁寧な説明と、不安を取り除くような声掛けをしていただけるよう期待している。

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