DI Onlineのロゴ画像

CaseStudy
こやだいら薬局(徳島県美馬市)
日経DI2012年5月号

2012/05/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年5月号 No.175

 徳島市街を抜けて、南西に伸びる国道438号線を進んでいくと、次第にビルや商店がまばらになり、代わりに山々の色濃い緑が目に飛び込んでくる。国道に沿って流れる川は、上流に向かうにつれ細く急な流れを作り、河川敷には大きな岩がひしめき合う。

徳島市内から車で約1時間半。面積の95%を山林や原野が占める山村にこやだいら薬局は開局した。左写真の赤茶色の屋根の建物がこやだいら薬局。
写真:松田 弘

画像のタップで拡大表示

 JR徳島駅から車で走ること1時間半。曲がりくねった山道を抜け、桜の名所で知られる川井峠を越えると、道路の案内標識に「木屋平」の文字が見えてきた。外は風に揺れる木々のざわめき以外、全く音がしない。「道路で何台もの車とすれ違うなんていうのは、1年のうちで桜が満開のほんの一時期だけ」。そう話すのは、特定非営利活動(NPO)法人「山の薬剤師たち」理事長で薬剤師の瀬川正昭氏(59歳)だ。

 徳島県美馬市の南部を占める木屋平地区。440世帯、854人が暮らす静かな山村に2010年4月、NPO「山の薬剤師たち」は、こやだいら薬局を開設した。この地区には他に薬局はなく、薬局から坂道を徒歩1分ほど上った所には、地区唯一の医療機関である美馬市国民健康保険木屋平診療所がある。診療所には常勤医師が1人、看護師が3人おり、外来診療のほか在宅患者の訪問診療も毎日行っている。

木屋平地区の440世帯のうち、150世帯が独居の高齢者。NPO「山の薬剤師たち」の瀬川正昭氏(上写真右側)は、患者宅を訪問しての服薬指導や療養指導に熱心に取り組む。

 こやだいら薬局は、木屋平診療所で発行される月400枚ほどの処方箋を応需しているほか、OTC医薬品や日用雑貨を販売している。スタッフは薬剤師2人と事務員1人。瀬川氏は水曜日から金曜日を担当する。そのほか、約20人いるNPOの会員薬剤師が不定期だが手伝いに訪れる。

こやだいら薬局のスタッフ。中央が瀬川正昭氏、右がNPO「山の薬剤師たち」副理事の大林秀樹氏。

こやだいら薬局は、以前はうどん屋だった建物の内部を改装して作られた。
薬局に入ってすぐ左手に受付カウンター、右手に来客用の休憩室がある。
(中央)第1類を含むOTC薬や、トイレットペーパーや洗剤などの日用雑貨を販売している。
(左)受付カウンターの奥には、瀬川氏らが調理スペースを改修して作った調剤室がある。
(右)休憩室は薬局を訪れる患者のほか、近くにあるバス停でバスを待つ客にも利用されている。

画像のタップで拡大表示

独居の高齢者を積極的に訪問

 かつては林業やゆず・茶などの農業が盛んだったこの地域も、今では高齢化率が50%を超え、高齢者の単身世帯も150世帯に上る。

 「ちゃんとお薬飲みよるね。きっちりじゃ、素晴らしい」。瀬川氏が患者宅で残薬の数を確認し、声を掛ける。「おかげさまで、今日は調子ええよー」と、患者も顔をほころばせながら答える。

 こやだいら薬局では、8人ほどの患者に対し、木屋平診療所や木屋平在宅介護支援センターと連携して、訪問薬剤管理指導や居宅療養管理指導も行っている。「薬剤師の在宅業務の目的は、服薬指導や残薬の確認だけではない。例えば抑うつ傾向がある独居高齢者の場合、直接会ってコミュニケーションを取ることは、それ自体が効果的なケアになる」と瀬川氏は話す。訪問予定日以外に患者宅を訪ねたり、来訪先の近隣に住む高齢者の様子を見に行くこともしばしばあるという。

 在宅医療を受けている84歳の女性はこう話す。「瀬川さんにはいつもお世話になっとるんよ。何分、年寄りが一人でおるもんだから。ありがたいです」。

 過疎化が進んだこの地に、瀬川氏はなぜ薬局を開いたのか。そこには、「薬局こそが、地域医療の担い手になるべきだ」という、同氏の熱い思いがある。

 徳島市から20kmほど離れた徳島県上板町出身の瀬川氏は、県外の大学を卒業後、前臨床試験を請け負う長野県の研究所に就職した。「当時は臨床薬剤師になるとは考えてもみなかった」と話す瀬川氏だが、次第に部下の人数が増え、自らの研究時間が削られていくことに息苦しさを覚えるようになった。そこで1992年、故郷に戻り、薬局を開設。見よう見まねで保険調剤を始めた。96年には、当時珍しかった在宅患者の訪問薬剤指導を開始した。

こやだいら薬局から坂道を1分ほど上った所にある木屋平診療所。

 その頃から、瀬川氏は時々、家族を連れて木屋平にドライブに出掛けるようになった。木屋平診療所の駐車場から里山に点在する明かりを見渡した時、瀬川氏は、「ここにも人の暮らしがあるのだ」と改めて気づき、木屋平で薬局を開きたいと思うようになったという。

 それから十数年の時を経て、2009年9月、瀬川氏はリーダーを務めていた徳島県薬剤師会の在宅医療推進プロジェクトのメンバーらと共に、NPO「山の薬剤師たち」を立ち上げた。当初は個人で木屋平に薬局を設けようと考えていた瀬川氏。だが、「一人でやるよりも周りを巻き込んだ方がいい」と賛同する声が上がったほか、「薬局は行政や大学、薬剤師会といった組織から独立した立場であるべき」(瀬川氏)との考えから、NPOを設立するに至った。

「薬剤師は必要ではない」

 地域医療に薬局が関わるには、医師との連携が欠かせない。瀬川氏はNPOの設立に先立ち、木屋平診療所長で医師の藤原真治氏に薬局開設の構想を説明した。しかし藤原氏は、「木屋平の医療の担い手は、医師と看護師だけで十分足りている。薬剤師がそこに加わるメリットは感じられない」と、厳しい言葉を返した。診療所では患者の性格や生活習慣を熟知した看護師が、調剤や服薬指導を行っていた。

同診療所長の藤原真治氏は、「薬剤師のきめ細かな訪問薬剤指導が患者の生活の質向上に貢献している」と話す。

 それでも瀬川氏は半年間、地元の薬局業務と並行して何度も木屋平を訪れ、藤原氏の理解を求めた。「一包化の希望が増えるなど、調剤に人手が取られつつあったのは事実。従来は看護師が行ってきた調剤業務を薬局に移すことで、在宅医療や訪問看護により多くのマンパワーを注げるようになるのなら」と、藤原氏は院外処方箋の発行を承諾した時のことを振り返る。

 その後、瀬川氏らは、以前はうどん屋だった空き家を3カ月かけて改装し、10年4月、こやだいら薬局を開局した。

 だが、待ち受けていたのは厳しい現実。開局当初は、「なぜ、わざわざ薬局にお薬をもらいに行かなければならないのか」と、一部の患者から非難の声も上がった。薬や健康に関する健康教室を開こうと、掘りごたつやテレビを備えた来客用の休憩室を薬局に設けたものの、交通の便が悪い中、足を運ぶ高齢者はほとんどいなかった。

 さらに、木屋平の自然は厳しく、夏場は台風や霧、冬場は積雪や路面凍結が徳島市内からの通勤を阻む。「木屋平での活動に関わり続けるには相当の覚悟が必要だった」(瀬川氏)。設立当初7人いたNPOの理事は次第に減り、開局から2カ月後に残っていたのは、瀬川氏と大林秀樹氏(現・副理事)の2人だけ。一時は人手が足りず、診療所の藤原氏が薬局に出向いて調剤を手伝うことすらあったという。

瀬川正昭氏は「地域医療を担う薬局のあり方を、木屋平から発信し続けたい」と意気込む。

住民との交流で地域にとけ込む

 開局から2年がたった現在、瀬川氏は「まだまだ課題は多い」と話しつつも、着実に歩みを進めている。薬局での開催がかなわなかった健康教室は、15カ所ある集会所に瀬川氏が出向いて行うようにした。NPOとして祭りや道路清掃などの地域の行事に参加したり、役場の広報誌にコラムを連載したりして、木屋平にとけ込みつつある。

 「医療は押し付けではなく、まずは患者のニーズを知らなければならないと痛感した。患者の生活全体を見た上で、生活習慣や経済的背景などを考慮し、薬剤師としての治療計画を提案できて初めて、自立した薬局といえる」

 瀬川氏は現在、自身の2薬局の運営を他の薬剤師に任せ、週3日はこやだいら薬局の2階に泊まり込んで業務に奔走する。また、徳島文理大学薬学部教授として週1回教鞭を執り、学生の教育にも力を注ぐ。「木屋平の現状を自らの目で見て、地域医療について考えてもらいたい」と、こやだいら薬局の見学も積極的に受け入れている。

 そんな瀬川氏の奮闘を間近で見てきた木屋平診療所の藤原氏は、「きめ細かな訪問指導や服薬指導の工夫が、患者の生活の質向上や合併症の予防に確かに貢献している」と評価する。

 一方で、「薬局が地域医療に欠かせない存在であるとはまだいえない」と苦言も呈する。「薬剤師ならではの視点や豊富な知識、患者の日常生活に関する情報を、もっと生かしてもらいたい」─。医師と薬剤師が連携した地域医療の基盤づくりに向け、藤原氏と瀬川氏は共に模索を続けている。実際に、藤原氏が処方箋の備考欄に処方意図や服薬指導上の留意点を書き込んだり、薬局と診療所をつなぐ専用電話を設けて密に連絡を取り合ったりするといった取り組みを始めている。

 「木屋平は、急速に高齢化が進んでいる日本の縮図ともいえる。これからは薬局が自立して地域医療を担っていかなければならない。そのためには私も含め、薬剤師がもっと勉強していかないと」と瀬川氏。こやだいら薬局が地域医療を担う薬局のモデルとなる日を目指し、挑戦は続く。(内海 真希)

NPO「山の薬剤師たち」の主な活動内容
・こやだいら薬局における調剤業務
(訪問薬剤管理指導含む)、OTC薬の販売
・多職種と連携した在宅医療・介護のサポート
・地域住民を対象とした健康教室の開催
・(15カ所の集会所を巡回)
・へき地医療や在宅医療に関する学会発表や啓発活動
・こやだいら薬局への実習学生の受け入れ
・地元行事への参加による地域活性化の促進
・環境保全活動としての水質調査や花粉飛散調査の実施

  • 1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

この記事を読んでいる人におすすめ