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漢方のエッセンス
其の八 小柴胡湯
日経DI2012年5月号

2012/05/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年5月号 No.175

講師:幸井 俊高
東京大学薬学部および北京中医薬大学卒業、米ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。中医師、薬剤師。2006年に漢方薬局「薬石花房 幸福薬局」を開局。

 1996年3月、複数の新聞の1面に「漢方薬副作用で10人死亡」という見出しが躍った。当時、慢性肝炎に頻用されていたエキス剤の小柴胡湯により88人が間質性肺炎を発症し、10人が死亡したという内容だ。この報道で漢方界は大きく揺れた。慢性肝炎に広く使われていた本剤の使用量は、この一件を機に激減した。

 原因の一つは、「慢性肝炎には小柴胡湯」と病名に従って処方を決めた点にある。漢方薬は本来、患者の証(用語解説1)に基づいて処方が決まる。証を無視して病名だけを基に処方を決めてはいけない。漢方の専門家なら、間質性肺炎を起こす可能性があるとあらかじめ分かる人には投与しない。漢方薬を西洋医学的に投与した結果の悲劇といえる。証を正確に判ずることができれば……。本方は応用範囲の広い処方なのに、残念な出来事であった。

どんな人に効きますか

 小柴胡湯は「半表半裏(はんぴょうはんり)」証を改善する基本処方だ。

 半表半裏証は、感染症などの進行途中でみられる証で、表証でも裏証でもない証を指す(用語解説2)。病邪が体に侵入しかけている初期の段階が表証で、病邪が完全に体内に侵入して臓腑に機能障害が生じている状態が裏証である。半表半裏は、病邪が人体に侵入して初期段階を過ぎ、体の奥に入り込もうとしている途中段階といえる。この処方の出典『傷寒論』では寒邪による外感熱病の初期を太陽病、そして半表半裏の段階を少陽病と称しており、半表半裏証は少陽証とも呼ばれる。

 この証の特徴に、往来寒熱(おうらいかんねつ)と胸脇苦満(きょうきょうくまん)(用語解説3)がある。往来寒熱は悪寒と熱感を繰り返す症状。まさに病邪と正気の力関係が拮抗し、綱引きのように病邪が強くなったり正気が病邪をしのいだりということを繰り返している状態だ(用語解説4)。病邪が勝てば病気は重くなるが、正気が勝てば病気は治る。小柴胡湯はそういうときに人体を病邪から守る。

 半表半裏証では、往来寒熱と胸脇苦満以外に、発熱、口が苦い、悪心、嘔吐、咳嗽、喉の渇き、食欲不振などの症状がみられる。舌には白い苔がつく。主に肝臓や胆嚢、胃、肺、気管支、喉、耳など体の上の方の炎症と関係が深い。漢方では表裏の不均衡、広くいえば陰陽のアンバランスを調和させる治療法を「和解」法と呼ぶ(用語解説5)。

 臨床での応用範囲は、かぜ、インフルエンザ、肝炎、胆嚢炎、胃炎、食道炎、気管支炎、咽喉炎、扁桃炎、中耳炎、耳下腺炎、胸膜炎、腎炎、腎盂炎、膀胱炎などと幅広い。化膿性の疾患にもよく使う。

 小柴胡湯は半表半裏証以外にも頻用される。まずは「肝鬱化火(かんうつかか)」証。自律神経系などをつかさどる五臓の肝(かん)が失調し、自律神経系が興奮して熱証が現れる状態で、精神的なストレスなどが原因で生じる。いらいら、怒りっぽい、憂鬱感、口が苦い、胸脇苦満、寝付きが悪いなどの症状が現れる。自律神経失調症や神経性胃炎に用いられる。

 消化吸収代謝をつかさどる五臓の脾の機能が低下する「脾気虚」証にも効果がある。胃・十二指腸潰瘍などに使う。食欲不振、元気がない、疲れやすいなどの症状を伴うことが多い。

 水分の吸収や排泄機能が悪くなり、過剰な水分が体内にたまる「痰湿」証にも用いられる。悪心、嘔吐、咳嗽、多痰など水っぽい症候が見られる。白い舌苔がべっとりとついていることが多い。気管支喘息などに適用される。

どんな処方ですか

 配合生薬は、柴胡、黄ごん、半夏、人参、生姜、甘草、大棗の七味である。

 君薬の柴胡には解表と清熱の作用があり、往来寒熱に効果的。疏肝解鬱作用も強く、半表半裏証を改善する。肝鬱化火にも有効である。臣薬の黄ごんも清熱作用を持ち、柴胡と協力して少陽の病邪を解く。柴胡と黄ごんは共に消炎・抗菌・抗ウイルス作用が強く、自律神経系の緊張を緩和する鎮静作用もある。肝臓の保護作用もある。佐薬の半夏と生姜は胃に働きかけ、嘔吐を止める。半夏は鎮咳去痰作用も持つ。同じく佐薬の人参・大棗は脾気虚を改善する。甘草は使薬として人参・大棗を助け、諸薬の薬効を調和する。

 以上、小柴胡湯の効能を「和解半表半裏(和解少陽)」という。疏肝解鬱、補気健脾、和胃止嘔の効能もあり、応用範囲は広い。

 喉の痛みや口渇など熱証が強い場合は桔梗と石膏を加味する(小柴胡湯加桔梗石膏)。貧血や生理不順など血虚を伴うときは四物湯を併用する。いらいらが激しい場合は黄連解毒湯を合わせる。頭痛や悪寒、関節痛などの表証がみられる場合は桂枝湯を併用する(用語解説6)。口渇や尿量減少、下痢を伴うときは五苓散を合方する(用語解説7)。不安感が強いときや神経性の咳が出る場合は半夏厚朴湯を合わせる(用語解説8)。咳に加えて黄色く粘性の痰や胸痛がある場合は小陥胸湯(しょうかんきょうとう)を合わせ飲む(用語解説9)。逆に水っぽい薄い痰が出るときは小青竜湯を併用する。

 本方は燥性が強い生薬の配合が多く、長期にわたり服用すると体液を消耗し、陰虚証(用語解説10)を引き起こす可能性がある。よって陰虚の人には本方を使わない。一方、間質性肺炎を起こす人の多くは陰虚証である。冒頭で「漢方の専門家なら、間質性肺炎を起こす可能性があるとあらかじめ分かる人には投与しない」と記したゆえんである。

こんな患者さんに…(1)
「食欲がありません。みぞおちのあたりが張って、むかむかします」

 最近、仕事でストレスを強く感じている。口が苦い。舌に白い苔がついている。肝鬱化火証で、胃の機能が失調している。小柴胡湯を1カ月服用して改善した。

 元気がないなら六君子湯、胃のつかえがあるなら平胃散がよい。

こんな患者さんに…(2)
「蕁麻疹が繰り返し出ます。強い痒みがあります」

 皮膚の軟らかいところに赤い膨疹が出る。ひどいときは全身に出る。これは痰湿に熱邪が結び付いて蕁麻疹となったケース。小柴胡湯が効き、2カ月で完治した。熱感が強ければ茵陳蒿湯を合わせると効果的だ。

用語解説

1)証は、患者の病状や体質を表す。漢方では証に従って処方を決める。同じ病気でも証が違えば処方は変わる。これを「同病異治」と言う。かぜに葛根湯、花粉症に小青竜湯という決め方は本来しない。
2)表証では悪寒、頭痛、関節痛などの症状が、裏証では高熱、激しい口渇、発汗などの症状が見られる。半表半裏証では、これらの症状は出ない。
3)胸脇部の張った痛み。
4)正気とは、病邪から身を守り健康を維持するのに必要とされる気・血・津液(しんえき)で、人体にとって必要な機能や物質を指す。半表半裏では正気が強いと熱感が現れ、病邪が強いと悪寒が現れる。
5)和解剤は、表裏だけでなく、寒熱や臓腑間の不均衡も整える。
6)本方と桂枝湯の合方で柴胡桂枝湯になる。痙攣性の腹痛やストレス性の心身症にもよい。
7)本方に五苓散を合わせると柴苓湯。腎炎や腎盂炎、胃腸炎に用いる。
8)本方に半夏厚朴湯を合わせると柴朴湯となる。柴朴湯は気管支喘息にもよく使われる。
9)本方プラス小陥胸湯で柴陥湯となる。気管支炎や肺炎、胸膜炎で熱証の強いものに効果がある。
10)人体の構成成分の血や津液を指す「陰液」が不足している証。慢性疾患の多くはこの証である。

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