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薬理のコトバ
小麦アレルギー
日経DI2012年4月号

2012/04/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年4月号 No.174

講師:枝川 義邦
1969年東京都生まれ。98年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)、薬剤師。07年に早稲田大学ビジネススクール修了。経営学修士(MBA)。名古屋大学、日本大学、早稲田大学を経て、12年4月より帝京平成大学薬学部教授。専門はミクロ薬理学で、記憶や学習などに関わる神経ネットワーク活動の解明を目指す研究者。著書に『身近なクスリの効くしくみ』(技術評論社、2010)など。愛称はエディ。

 くしゃみ、鼻水、鼻づまり。そして痒みといった身近な症状から、アナフィラキシーショックに至るまで、アレルギーには様々な顔がある。いまや、国民の3人に1人がアレルギー様症状をもつという。つまり、日本だけで、3000万人以上のアレルギー患者がいることになる。

 アレルギーとは、本来は生体にとって有利に働くはずの防御反応が、免疫応答の異常亢進によって障害を受け、逆に生体に不利に働いてしまう状態を指す。自己と異物を見極めるのが免疫機構の役目。その“線引き”に異常が生じれば、生息環境での不具合に直結してしまう。

 日常的な鼻炎などは、生活上困りこそすれ、命の危険を感じることはまずない。しかし食物アレルギーは、重篤なものではアナフィラキシーショックを呈して死に至ることもあるので、気を許すことはできないのだ。今回は、この食物アレルギー、中でも非典型的な感作様式で話題となった「小麦アレルギー」について解説する。

高分子成分の経皮吸収で感作

 食物アレルギーの発症が頻発する時期は、年齢によるとされる。幼児期には牛乳と鶏卵が主要な原因だが、青年期を経て成人になるにつれ、牛乳へのアレルギーが減り、小麦や魚介類、甲殻類へのアレルギーが増えていく。だが、その多くは、子どもの頃に感作(特定の食品成分に過敏性を獲得すること)を受けたものである。

 ところが、小麦に含まれるアレルギー成分に、成人になってから感作を受けたと考えられるケースが報告された。今回紹介する「茶のしずく石鹸」旧製品などによる小麦アレルギーだ。世間を賑わせたのは少し前の話だが、非典型的な感作様式をとることから、今年に入って日本アレルギー学会が症例のさらなる収集を呼びかけるなど、いまだ注目の的だ。2011年5月の段階での報告症例は67例であったが、当の石鹸は、05~10年に延べ467万人に約4650万個が販売されたとのこと。多くの症例が未診断・未報告であり、真の患者数は全国でかなりの数に及ぶと推察されている。

 小麦アレルギーを引き起こした化粧石鹸に含まれていた、他社製品とは異なる成分は、小麦を加水分解した「加水分解コムギ」成分。アレルギーが問題になった石鹸には、分子量が大きい成分が含まれていたという。アレルギー反応を誘発しない他社製品に含まれる加水分解コムギの平均分子量が約700だったのに対して、約6万以上の分子量の成分を使っていたようだ。保湿性を高めるためにあえて低分子化させていなかったのだという。含有量は、重量比にしてわずか0.3%とのことだが、それでも充分に影響力をもつ。

 アレルギー発症の経過はこうだ。まず、問題となる高分子加水分解コムギが眼や鼻の粘膜、顔の皮膚などに付着して体内に侵入することで、固有の過敏性が獲得される。はじめは、眼や皮膚の痒みや鼻炎症状であり、アレルギー症状としては決して強いものではない。だが、それが引き金となり、やがて経口摂取した通常の小麦成分に対しても過敏性を示すようになる─という図式だ。

 通常、経口摂取した食物は、経口免疫寛容という仕組みにより、多くの場合は異物であるにもかかわらず異物とはみなされなくなる。しかしこのケースでは、高分子加水分解コムギにより“スイッチが入った”状態になったことで、食物中の小麦成分に対して通常は起こらないようなアレルギー反応を示したのだ。高分子加水分解コムギは、おそらく、口から摂取されていれば経口免疫寛容が働いてアレルゲンと認識されることはなかったのだろう。皮膚から経皮吸収されたことによって、アレルギー感作が成立してしまったと考えられている。

 アレルギー症状が出た場合の鉄則は、原因が特定できる場合には、そこから離れることだ。この化粧石鹸のケースでも、使用を中止した後には、経時的に小麦などに対する特異的IgEの抗体価が低下したことが報告されている。しかし現在までのところ、完全に寛解した症例はないため、感作源のコントロールが大切になる。

 食物アレルギーがやっかいなのは、直接その食べ物を摂らなくても、調味料や近くの食品、料理の過程で使用した器具などに付着した原因物質により引き起こされ得ること。小麦アレルギーを起こした人では、パンや麺類などの明らかな小麦食品のみならず、小麦が使われているカレーや天ぷら、ハンバーグといった食品にも注意を払わなければならない。

食後の安静で発症を防げることも

 では、うっかり小麦食品を摂取してしまった場合はどうすればいいのか。実は、小麦アレルギーの場合、摂取後に安静を保つことでアレルギー症状の発現を防げる可能性がある。

 成人の小麦アレルギーは、小麦依存性運動誘発アナフィラキシー(Wheat-dependent exercise-induced anaphylaxis: WDEIA)を典型とする。これは、小麦製品を食べた後に運動をすると、全身性の皮疹や咽頭浮腫、血管虚脱などのアナフィラキシー症状が現れるというもの。今回の化粧石鹸のケースもWDEIAが多かったが、小麦摂取後に4時間程度は運動を控えることで、発症を抑えられるとされている。

 食物アレルギーは、常に自分がアンテナを張り巡らしていないと地雷を踏むことになるので気が抜けない。とはいえ、基本を押さえた対処と、常に新しい情報に敏感でいることが有事には有効だ。情報なら、敏感すぎてもアレルギーを起こすことはないと思うのだが、いかがだろうか。

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