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摂食障害に効く漢方(1)
摂食障害の考え方と漢方処方

2020/11/17

 摂食障害は、食事をとりたがらない、あるいは逆に食べ過ぎてしまうなど、食行動の異常の総称です。食事をほとんどとらなくなってしまう拒食症や、極端に大量に食べてしまう過食症があります。

 多少の拒食や過食は、ストレスの影響などで経験することがありますが、体重が極端に減っても食べられない、あるいは、食べ過ぎた後に吐いたり下剤を飲んだりして体重を減らそうとする、といった行為が見られると、摂食障害です。拒食症は神経性食欲不振症、神経性痩せ症、過食症は神経性過食症などと呼ばれます。

 摂食障害の背景には、体重や体形に対する過度のこだわり、価値観、自己嫌悪、家庭環境などがあるといわれています。実際、私の薬局に相談に来られる方の中にも、「体重が増えるのが怖い」「もっと体重があった方がいいということは頭では分かっているのに太ることが怖い」「不安で食べずにはいられない」などと訴える方がよくいらっしゃいます。親しい人のちょっとした一言や、雑誌やテレビのダイエット情報などをきっかけに、摂食障害となる人も多くいます。摂食障害を発症する方の多くは女性で、10代には拒食症、20代には過食症が多いようです。拒食から過食に変わることもあります。

 症状としては、低栄養、疲れやすい、筋力の低下、低血圧、低体温、冷え症、月経が来なくなる、不眠、ふらつき、貧血などがみられます。便秘、むくみ、皮膚の乾燥、うつ、不安、いらいら、集中力の低下なども生じます。痩せが進むと、低血糖、不整脈、感染症、精神疾患などの合併症を起こしやすくなります。自傷行為などに至るリスクもあります。

 西洋医学的には、心理カウンセリングや認知行動療法、栄養指導、抗うつ薬や抗不安薬による治療などが行われます。

 漢方では、摂食障害は五臓の心(しん)や脾、肝の失調と関係が深い疾患と捉えています。五臓は人体の諸機能を大きく5つに分類したものです。これらが気・血(けつ)・津液(しんえき)で潤っていれば心身ともに健康ですが、過不足や流れの停滞が生じると、身体的な症状が生じるだけでなく、心の面でも不安定になります。もともと元気な人でも、ちょっとしたきっかけで五臓のバランスが崩れると、摂食障害を起こすことがあります。

 漢方では、五臓の心、脾、肝の機能などを調えることにより、摂食障害の治療を進めます。

 様々なことについて頭の中で考えすぎて、過食や拒食をしてしまうタイプなら、「心血虚(しんけっきょ)」証です。心は五臓の1つで、心臓を含めた血液循環系(血脈)と、人間の意識や判断、思惟などの人間らしい高次の精神活動(神志:しんし)をつかさどる臓腑です。この心の機能(心気)を養う心血が不足しているのが、この体質です。過度の心労、思い悩み過ぎ、過労が続くことなどにより心に負担が掛かり、心血が消耗してこの証になります。寝付きが悪い、不安感が強い、疲れやすい、動悸などの症状が見られます。漢方薬で心血を潤し、摂食障害の治療をします。

 頭では理解していても、1つのことを思い悩みすぎて過食や拒食がやめられないようなら、「脾気虚(ひききょ)」証です。脾は五臓の1つで、消化吸収や代謝をつかさどり、気血(エネルギーや栄養)の源を生成します。この脾の機能(脾気)が弱いため、気が十分生成されず、体内の気が不足します。生活の不摂生などにより脾気を消耗すると、この証になります。元気がない、腹部膨満感、軟便などの症状が見られます。漢方薬で脾気を強めることにより、摂食障害の治療を進めます。

 強いストレスがあったり、環境変化に適応できなかったりして過食に走っているようなら、「肝鬱気滞(かんうつきたい)」証です。体の諸機能を調節し、情緒を安定させる働き(疏泄:そせつ)を持つ五臓の肝の機能(肝気)がスムーズに働いていない体質です。肝は自律神経系と関係が深い臓腑です。一般に、精神的なストレスや、緊張の持続などにより、この証になります。憂鬱、情緒不安定、怒りっぽい、すっきり排便しない、などの症状が見られます。漢方薬で肝気の鬱結を和らげて肝気の流れをスムーズにし、ストレスに対する抵抗性を高め、摂食障害を治していきます。

 飲食の不摂生や精神的ストレスが高じて、情緒や意識のコントロールが困難になり、摂食障害になっている場合は、「痰飲(たんいん)」証が考えられます。痰飲とは、津液が水分代謝の失調などにより異常な水液と化したものです。本来、スムーズに流れていてほしい気の通り道を痰飲が邪魔して気の流れがぎこちなくなり、情緒や意識がうまくコントロールできず、摂食障害に陥ります。痰飲は、体液代謝の失調や低下、炎症、循環障害、ホルモン異常、代謝産物の体内蓄積、暴飲暴食、食事の不摂生、運動不足などによって生じます。痰飲を取り除く漢方薬で気の流れを調え、摂食障害の治療に当たります。

■症例1

「半年ほど前から食事が食べられなくなり、とうとう体重が40kgを切りました。心配した母親と一緒に病院に行ったところ、摂食障害と診断されました」

 この患者さんは28歳の女性です。きっかけは、親しかった友人からの「もうちょっと痩せた方がいいんじゃないの?」という、ちょっとした一言でした。それ以来、太ることが不安になり、食事がまともに喉を通らなくなりました。無理して食べようとしても、すぐ胃が痛みます。疲れやすく、頻繁に頭がふらつきます。よく動悸がします。病院では抗うつ薬の選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が処方されました。舌は淡白色です。

 この人の証は、「心血虚(しんけっきょ)」です。意識や判断、思惟などの人間らしい高次の精神活動をつかさどる心の機能を養う心血が不足している体質です。不安感、疲れやすい、頭がふらつく、動悸、淡白色の舌などは、この証の特徴です。

 この証の場合は、漢方薬で心血を潤すことにより、治療を進めます。この患者さんには、帰脾湯(きひとう)などを服用してもらいました。漢方を飲み始めてから1カ月、ぴんと張りつめていたゴムがふっとゆるんだように、気持ちが軽くなりました。受診前から服用していたSSRIは、吐き気や便秘などの副作用が強かったため、主治医に相談し、服用を中止しました。

 4カ月後には、食事がおいしく感じられるようになってきました。胃が痛むことが減り、体重も少しずつ増えてきました。8カ月後、体重が45kgにまで戻り、頭がふらつくこともなくなりました。母親も喜んでくれました。1年後、引き続き普通に食事がとれています。漢方薬は、服用量を半分以下に減らして継続していますが、再発はありません。もうすぐ服用を中止しても大丈夫そうです。


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著者プロフィール

幸井俊高(「薬石花房 幸福薬局」代表)
こういとしたか氏。東京大学薬学部卒業。北京中医薬大学卒業。ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。1998年、中国政府より中医師の認定を受け、日本人として18人目の中医師となる。2006年に「薬石花房 幸福薬局」を開局。『漢方でアレルギー体質を改善する』(講談社)『男のための漢方』(文春新書)など著書多数。

連載の紹介

幸井俊高の「漢方薬 de コンシェルジュ」
東京の老舗高級ホテル「帝国ホテル」内で、完全予約制の漢方薬局を営む幸井氏。入念なカウンセリングを行い、患者一人ひとりに最適な漢方薬を選んでくれる薬局として、好評を博している。これまで多くの患者と接してきた筆者が、疾患・症状ごとに症例を挙げて、漢方薬の選び方と使い分けについて解説する。

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