父、病気の後輩に会う
患者会、体験者会には興味のない父でしたが、ひょんなことから、胃がんの治療を受けた男性と会うことになりました。ある日、読者Kさんから「まさに今、父の胃がんが発覚して治療を始めるところです」とメールをもらったのです。彼女は私と同世代、お父様は60代半ばで、胃の全摘出が必要な胃がんとのこと。
胃を取った後の食事はどうしたらいい? また元通り食べられるようになるって本当? という不安は当然のことです。私は、胃を切除したがん体験者の1例として、「私の父は腸で食道と胃を再建しましたが、今は好きなものを好きなだけ食べています」と報告。その後、何通もメールのやり取りをし、がんの先輩・後輩として、家族同士で会って話をすることになりました。
父が自分で病後を語るのは初めてのこと。人に説明する機会がなければ、私たちは父の気持ちを聞くことはなかったでしょう。
お会いしたとき、Kさんのお父様は、退院してから2週間が経った頃でした。「少ししか食べないのにお腹がいっぱいになる。胃のあたりがどーんと重くなって苦しい。食べたいけれど、食べると痛みがあるのでつらい」という訴えを聞き、父は「俺にはそんなことはなかった」ときっぱり言いました。
「えっ?」。私は思わず耳を疑いました。食後、ソファに座って体を前に倒し、じっとしていたあの姿は、痛みや重苦しさがあったからでは? 私は確かにその姿を目撃しています。
父の場合、嫌な思い出は記憶から消去されているのです。「これも物忘れの影響?」と青ざめましたが、プラスに解釈することにしました。父のこの楽天的な性格が、元気に人生を続けていく秘訣になるかもしれない、と。
また、「俺はもう大丈夫、もう元気だ」と人に説明することで、自己暗示の効果があるのでは、と思います。
その日の話題は、がん患者に人気のあるラジウム温泉の情報交換でした。父母がそこに湯治に行ったことがあるので、現場での様子を説明する約束をしていたのです。
ひょんなことから訪れたご縁で、父は、がんの後輩と会って話すことになりました。その時感じたのは、会話の内容そのものよりも「大変な治療をしたのに、今では元気そう」と姿を見せることの効果でした。
がんから生還した生き証人は、存在だけで説得力があるのです。
POINT
・「もう元気」と語ることは脱患者への近道になる |
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・つらい身体感覚は「忘れてしまう」人の方が幸せ |