このページの本文へ

がんナビ

がんナビについて

がん患者さんとその家族のために、がんの治療や患者さんの日々の生活をナビゲートします。

がん種から情報を探す

  • 乳がん
  • 肝がん
  • 大腸がん
  • 腎がん
  • 胃がん
  • 肺がん
  • 食道がん
  • 前立腺がん
  • 子宮頸がん
  • 膵がん
  • 卵巣がん
  • その他のがん

新着一覧へ

がん診療の現場から

2020/06/19

GEMおばさんの宝

 膵がん胆管がんは御しがたい疾患で、強力な化学療法のほかは分子標的薬の効果も多くは望めず、免疫チェックポイント阻害薬もままならないというのが一般認識です。ところがたまに「この人、本当に膵がん胆管がんなの?」と思わせるような患者さんも現れます。

 「GEMおばさん」と医療関係者から呼ばれていた60代の女性患者さんがいました。この方は他院から治療法なしと宣告され、思い余って当院に来られた方でした。本人には、胆管がんですが膵がんも考えられることを話し、予後不良な状態で、余命は4カ月くらいとお話しました。がんの種類や状態を正確に見定めて最適な治療を行うために、内視鏡的な細胞診や試験開腹による確定診断もお勧めしましたが、「もう長くないのならやらない」と断られました。CT画像では腹膜への播種が見られ、根治手術は不可能な状態でした。

 胆道閉塞がありましたので、胆道ステントを留置して黄疸対策(減黄)をし、放射線治療を行いながら、いわゆる「empiric therapy」を開始しました。empiric therapyとは日本語に訳すと経験的治療、診断を確定する前に治療を開始することです。膵がんの治療として、抗がん薬のS-1とゲムシタビン(GEM)の併用療法を始めました。

 身体は元気な方でしたから、S-1は通常の用法・用量で定型通り、GEMは週に1回1200mg/bodyで開始しました。しかし食欲不振が出現しため、まずS-1を中止し、GEMを週1回、1000mg/bodyに減らして外来で投与することになりました。それでも骨髄毒性が強かったことから一時休薬を余儀なくされ、その後はGEMの量は800mg~1000mg/bodyに変更になりました。それでも骨髄抑制が顕著で、経過観察・安全確保のために一時入院することもありました。ただし、その他の有害事象は見られず、また骨髄抑制は血液の値以外に感染がなければ何らかの症状が強く出ることは少ないですので、ケロッとして元気で過ごしていらっしゃいました。

 そこで顕著な骨髄抑制を避けるためにGEMの投与を1週おきに減らし、投与量を600mg~800mg/bodyにまで落として、何とか投与を続けることができました。投与は約2年10カ月続けられました。

GEMの投与を強く求めた患者さん

 GEMの投与を続けた理由は、「GEMを入れてください」という患者さんの希望によるものでした。骨髄抑制が強くて休薬すると腫瘍マーカーが上がりだしたことから、CT上の変化はないものの、他の薬(例えばFOLFOX、FOLFIRI、5FU+LVなど)に切り替えましょうとお勧めしましたが、「私はGEMがいい」、「GEMを続けてください」という御希望に沿って、2年以上GEMの投薬を続けました。GEM単剤だけでなく、GEMとシスプラチン(CDDP)の併用やGEMとnab-パクリタキセルの併用だったこともありましたが、常にGEMの冠がついた治療法でした。

 その患者さんは、GEMが投与されると不思議と痛みが減ったり、黄疸が減少したり、元気になったりで、スタッフの間で「ジャムおじさん」ならぬ「GEMおばさん」と言われ始めました。外来でもGEMおばさんは元気で、「今日もGEMもらいに来た」と外来化学療法室に入ってこられていました。本音はわかりません。この言葉でみずからを励まし、周囲を巻き込んで、楽しい化学療法人生を送られていたのかも知れません。

 その後、もう薬が効かないrefractoryの状態ではないかと考えられる状況となり、他剤に変更するため入院しましたが、その薬も休薬となりました。そこで「GEM入れてください」という患者さんの願いをかなえるためにGEMを追加投与していると、再び痛みの減退、腫瘍の進行停止、食欲の回復などが現れました。併用薬は精々1から2回の投与で、有害事象 (主に骨髄抑制)が出現して中断し、またしてもGEM単独投与となるのが常でした。最終的には、がん性腹膜炎が悪化し急激な腹水増加を伴い、「GEMください」では追い付かなくなり永眠されました。

 それでも、その患者さんは、ほぼ一剤「GEM」だけで合計3年近くを精一杯生きられました。GEMを投与しなくても同じだったのではと、うがったような言い方をする人がいるかもしれません。GEMを投与しなければもっと長生きしたのではとただ批判する輩もいるかもしれません。しかし、私は、物知り顔にエビデンスなしの結果論を展開する無責任な人たちに惑わされることなく、「GEMおばさん」にとってはGEMは「宝」だったのではと思うばかりです。長く臨床現場にいると、たまにこのような一剤を好む患者さん、そしてその力で長く生存できる患者さんがいらっしゃいます( 前回のツーショト写真の力で書きました)。

 目の前の患者さんにとって、どの薬が「宝」になるのか見極める努力を続けたいものです。


坂田 優(さかた ゆう)氏
三沢市立三沢病院事業管理者

1973年弘前大学医学部卒、1992年弘前大学医学部第一内科助教授、1999年三沢市立三沢病院院長、2013年より現職。
効果的だが専門的な知識や技能が必要とされるがんの薬剤が登場し始めた1980年代から、消化器がんを中心に種々の固形がんに対する化学療法の実践、新規抗がん薬の臨床試験を積極的に行い、日本のがん化学療法の進化を支えてきた。
第83回日本胃癌学会会長、日本癌治療学会理事、弘前大学医学部臨床教授なども歴任。
「坂田 優はがん化学療法がまだ一般的でない1970年代からoncologyを志し実践していました。悪魔の手先薬屋の手先と言われていました」

この記事を友達に伝える印刷用ページ

Back Number バックナンバー