このページの本文へ

がんナビ

がんナビについて

がん患者さんとその家族のために、がんの治療や患者さんの日々の生活をナビゲートします。

がん種から情報を探す

  • 乳がん
  • 肝がん
  • 大腸がん
  • 腎がん
  • 胃がん
  • 肺がん
  • 食道がん
  • 前立腺がん
  • 子宮頸がん
  • 膵がん
  • 卵巣がん
  • その他のがん

新着一覧へ

がん診療の現場から

2020/04/03

背後の「わだ」にうれしくなる

 ある日のこと、病院の廊下を歩いていると、そっと後ろからついてくる足音が聞こえました。ぞくぞくっとして振り返ると、そこにはにこにこと笑う高齢の患者さんがいました。「はい!(方言でびっくりした時の言葉)どうしたの?」と私が声をかけると「わだ、まだ元気ですじゃ」の返事。「そうなのか。診察?」とさらに問いかけると「んだ、今日は違う先生だ」と返ってきました。

 この患者さんは元タバコ屋さんでした。以前に食道がん、下咽頭がんと診断された方でした。治療が始まった際にもう仕事はできないと決め、タバコ屋の権利も捨て店を整理してらっしゃいました。最初の治療で、放射線化学療法を受けて完全奏効(CR)となり、経過観察となりました。そんな、ある日、彼は外来に来られて写真を一緒にとって欲しいと私におっしゃいました。恥ずかしいから嫌だと申し上げたのですが、彼は、私とのツーショット写真を撮られてお帰りになりました。

 その後、外来でたまたま彼を診察する機会があり、腫瘍マーカーの上昇やCT上の所見から、再発の疑いなどが指摘されていることを知りました。そこで抗がん薬である5-FU経口剤の投与を開始しました。

 ところが、私が病気のため2カ月外来診療を外れることになりました。そこで、彼の担当医師が変わり、経過観察、5-FU経口剤投与を継続していたようです。この担当医交代から会うこともなく月日は過ぎていきました。

5年を超える長期生存を支えたものは?

 その彼が私の背後に来て「わだ」(私です)といった日は、久し振りにお会いした日でした。その日の診察の結果は、腫瘍の大きさや進展に変化はなく、腫瘍マーカーは正常近くまで低下して止まった状態でした。実に5-FU経口剤投与を始めてから、はや3年を経ていました。さらに抗がん薬投与を開始して5年たった今も、彼は元気で外来に通っているとのことでした。長期間の抗がん薬投与によるせいか、彼の指先は壊れ色素沈着で色が黒くなていました。それでも彼は、「抗がん薬はやめない」と言って服用を続けているとのことでした。時には白血球(WBC)や血小板の数が低下することもありましたが、2週間休薬することで服用を継続していました。 いまや外来では有名なサバイバーであり、いつまでも長生きして欲しいと祈っています。

 そんな彼は、毎朝、私とのツーショット写真を見て、「今日も元気に行くぞ」と家族に宣言して行動しているとのことでした。彼は、ツーショット写真がいいんだというのですが、私に霊能力はありませんのでそれは勘違いでしょう。ただ、ツーショット写真の力を心から信じたため、あきらめずに抗がん薬を続け、長期間の生存が得られているのではないかと思っています。理論も何もない勝手な考えですが、何かすがるものがあればそれだけで患者の気力と免疫力が高まるのではないかと考えています。

 これからも彼はきっと、しばしば私の背後から「わだ」と声をかけてくる。そんな気がしています。


坂田 優(さかた ゆう)氏
三沢市立三沢病院事業管理者

1973年弘前大学医学部卒、1992年弘前大学医学部第一内科助教授、1999年三沢市立三沢病院院長、2013年より現職。
効果的だが専門的な知識や技能が必要とされるがんの薬剤が登場し始めた1980年代から、消化器がんを中心に種々の固形がんに対する化学療法の実践、新規抗がん剤の臨床試験を積極的に行い、日本のがん化学療法の進化を支えてきた。
第83回日本胃癌学会会長、日本癌治療学会理事、弘前大学医学部臨床教授なども歴任。
「坂田 優はがん化学療法がまだ一般的でない1970年代からoncologyを志し実践していました。悪魔の手先薬屋の手先と言われていました」

この記事を友達に伝える印刷用ページ

Back Number バックナンバー