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がん診療の現場から

2019/06/28

脱毛は効果の証だが、生まれてほしい脱毛のない抗がん薬

 もう何十年も前の話です。

 白血病の治療法は今に至る開発の黎明期で、骨髄移植は実現するに程遠いころでした。私が在籍していた弘前大学医学部第一内科血液グループは、化学療法による5年生存率や10年生存率で世界に誇る成績を上げていました。しかし、成人の急性リンパ性白血病(ALL)は厄介で、治癒に持ち込むことは至難で稀なことでした。

 その当時、20歳になったばかりのALLの女性患者に出会いました。夫は美容師で一流の店を持っていました。美容室に患者さんがお客として訪れ、お互いに一目ぼれしたのではないかと思うほど、仲の良い御夫婦でした。彼女が入院し、辛い化学療法を受けている間、忙しい合間を縫って見舞いと付き添いに来ているご主人を見て頭の下がる思いでした。化学療法で脱毛しセットなどできるはずもありませんでしたが、彼はかつらを誂え、それを彼女にプレゼントしました。「良くなったらまた髪がはえるとお医者さんが言っているから、その時は腕によりをかけて頭やってやる」。それが彼の口癖でした。

 しかし、再燃を繰り返し寛解の期間が短くなっていき、抗白血病薬の投与は途切れることがありませんでした。次第に治療が手詰まりになりつつあったある日、彼女は「家に帰りたい」と言って一時退院しました。そしてその日の夜、彼女は家で急変しました。病院に運ばれてきたときにはすでにどうしょうもない状態でした。

 何のために治療していたのだろうと忸怩たる思いをし、別の治療法はなかったかと、私は後悔にさいなまれました。せめて髪が生えそろうまで生きてほしかったと「神」に恨みごとを言ったものでした。

 同じころ女優の夏目雅子さんが亡くなって、世間が白血病の怖さを実感していました。ところが、女優なので脱毛はダメと抗白血病薬を制限させたという噂を聞き、驚きと無念さがつのりました。なぜなら脱毛は、抗白血病薬の効果の証でもあったからです。やりきれない矛盾へのいら立ちが今でもあります。

 また別の話ですが、同じ頃にアメリカに短期で研修に行った時のことです。小児病棟でかわいい子供たちに会いました。脱毛してキャップをかぶっているところ以外は、普通の子供たちと何も変わりませんでした。その当時、米国では子供でさえも告知をされていて、子供たち本人は「I have leukemia」と言って朗らかでした。私は言葉に詰まりながらも「Good luck」と言いましたが、にこにこ「thank you」と答えてくれました。さて、反省。本当は何と言えばよかったのでしょうか。

満足のいく脱毛予防法はない
 
 近年になって、脱毛防止用の冷却キャップや防止シャンプー、トニックなどが提案されていますが、思うような予防効果は得られていません。まだらに生え残る場合があること、腫瘍細胞の脳への浸潤などの危険があるのではと懸念されることなど、満足のいくものはありません。現実には、かつらと人口毛付キャップなどが主流になっています。ある高名な医師が「私の禿は治りませんが、あなたは治療後にかえって良い毛が育ってきますよ」と言ったという有名な話があります。私は「髪の毛はなくなりますが、私より多い場合は退院できません」と言うことにしています。

 現在、数々の抗がん薬が開発され、使用されています。その中にも、寛解率100%で副作用に脱毛がない薬剤はほとんどありません。しかし、今や治癒を目指せる薬や方法が生まれつつあるがんの世界ですから、脱毛の起こらない、あるいは少ない薬や方法がきっと生まれてくるのではないかと期待しています。


坂田 優(さかた ゆう)氏
三沢市立三沢病院事業管理者

1973年弘前大学医学部卒、1992年弘前大学医学部第一内科助教授、1999年三沢市立三沢病院院長、2013年より現職。
効果的だが専門的な知識や技能が必要とされるがんの薬剤が登場し始めた1980年代から、消化器がんを中心に種々の固形がんに対する化学療法の実践、新規抗がん剤の臨床試験を積極的に行い、日本のがん化学療法の進化を支えてきた。
第83回日本胃癌学会会長、日本癌治療学会理事、弘前大学医学部臨床教授なども歴任。
「坂田 優はがん化学療法がまだ一般的でない1970年代からoncologyを志し実践していました。悪魔の手先薬屋の手先と言われていました」

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