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がん診療の現場から

2018/12/26

ノーベル賞と免疫チェックポイント阻害薬

虎の門病院臨床腫瘍科 部長 高野利実

 2018年12月10日、ストックホルムで、ノーベル賞の授賞式が行われました。ノーベル医学生理学賞が授与されたのは、京都大学の本庶佑氏と、米テキサス大MDアンダーソンがんセンターのジェームズ・アリソン氏です。「免疫チェックポイント阻害薬」という新しいタイプのがん薬物療法の開発に貢献したことが受賞につながりました。

 本庶氏が見出した「免疫チェックポイント」のPD-1は、免疫にブレーキをかけるはたらきをしており、このPD-1を抑えることで、がんに対する免疫の力を高め、がんの勢いを抑えようというのが、「ニボルマブ(オプジーボ)」などの抗PD-1抗体です。ほかにも、多くの「免疫チェックポイント阻害薬」が開発され、様々ながんに対して臨床応用されています。登場から間もない薬ですが、すでにいくつかのがんで標準治療として欠かせないものになっています。

 このように、多くのがん患者さんに恩恵をもたらしている薬剤が評価され、ノーベル賞につながるというのは、がん薬物療法に携わる臨床医としても、とても嬉しいことです。本庶氏とアリソン氏の偉業に対して、がんと向き合う多くの皆さんとともに、心よりご祝福申し上げます。

 本庶氏が授賞式に先立って行った受賞記念講演のタイトルは、「獲得免疫のセレンディピティ」でした。セレンディピティとは、偶然の出会いや予想外の発見により成功や幸運を得るという意味で、本庶氏は、このタイトルに2つの意味を込めたということです。一つは、がんに対する免疫療法を可能にした「獲得免疫」がすべての人類に備わっていることの偶然性であり、そして、もう一つは、PD-1などの発見も、多くの偶然の出会いから生まれたセレンディピティであったということです。

 講演では、生い立ちから今にいたるまでに出会った人々を紹介しながら、「私は幸運でした」という言葉を繰り返していました。

 講演の終わりには、抗生物質やワクチンで感染症が制御できるようになったのと同じように、がんも、免疫療法を中心とした治療で制御できるようになるのではないかという展望を語りました。がんを完全にゼロにすることはできなくとも、慢性疾患として制御できればよいのであって、それががん治療の目指す道だと述べていたのが印象的でした。

 PD-1の発見とその後の展開は、本庶氏の先見の明や不断の努力があったからであるのは間違いありませんが、その成功を、多くの偶然の出会いのおかげだと感謝する姿勢には感銘を受けました。

 19世紀の細菌学者、ルイ・パスツールは、「幸運は、『用意された心(Prepared mind)』に訪れる」と言っています。セレンディピティは、待っていれば勝手にやってくるものではなく、普段から問題意識を持って考え、強い想いを持って取り組んでいる人にこそ訪れるということです。本庶氏の「用意された心」と、多くの出会いがノーベル賞受賞につながったということでしょう。

 セレンディピティをただの発見で終わらせず、その発見から、「免疫チェックポイント阻害薬」という、多くの患者さんの役に立つ薬剤を誕生させた点も重要です。この過程では、患者さんのもとにいい薬を届けたいという、多くの医師・研究者・企業、そして、患者さん自身の「用意された心」も、重要な役割を果たしました。

 新たな発見をもとに薬を創り上げ、その薬の最適な使用法を確立するまでの過程を、「創薬」「新薬開発」と呼びますが、今回のノーベル賞をきっかけに、この過程にも注目が集まったのは喜ばしいことです。

 今、私はこの原稿を、米国から日本に向かう飛行機の中で書いています。米国サンアントニオで、乳がんの国際学会に出席していたのですが、その学会でも、「免疫チェックポイント阻害薬」はじめ、新治療開発の方向性が議論されました。

 他のがんと比べると、乳がんでは、免疫チェックポイント阻害薬の開発があまり進んでいなかったのですが、最近になってようやく、有効性を示す臨床試験の結果が出始めています。西日本がん研究機構(WJOG)でも、乳がんを対象にニボルマブを用いた医師主導治験を行っており、乳がんにおける免疫チェックポイント阻害薬の最適な使用法の確立を目指し、国内外の医師・研究者・企業などと連携しながら取り組んでいます。

 新しい治療の有効性と安全性を正確に評価し、よりよい治療を確立していくためには、治験などの臨床試験を適切に行っていく必要があり、そのためには、今病気と向き合っている患者さんの協力が欠かせません。これまでは、海外中心に行われた臨床試験の結果を見て標準治療が決まっていたのですが、ニボルマブのような優れた薬剤が、日本から次々と誕生する中、これからは、臨床試験でも、日本が世界をリードしていくべきだと考えています。WJOGなど、日本の臨床試験グループも引き続き努力していきますが、臨床試験の必要性を多くの皆さんにご理解いただき、日本にも「臨床試験の文化」が根付いていくことが重要だと思っています。

 臨床試験で評価するのは、治療のプラス面がどの程度あるのか、マイナス面がどの程度あるのか、どのような患者さんでプラス面がマイナス面より上回り、どのような患者さんではその逆になってしまうのか、といった点です。どの治療も、臨床試験をしてみなければ、総合的にプラスなのかマイナスなのかわかりません。わからないから、臨床試験で確かめる必要があり、そうやって評価された上で確立しているのが、現在の最先端の標準治療です。

 免疫チェックポイント阻害薬は、これまでにない新しいタイプの薬剤ですが、すべてのがんに効くわけではなく、効果の程度も様々です。化学療法などと併用しないと効果を発揮できない場合もあります。また、これまでのがん薬物療法では経験しなかったような、免疫に関連する副作用が現れることがあり、時に重篤な症状を引き起こします。いい薬なので誰でも使えばいい、というものではなく、一人ひとりの患者さんの状況や患者さんの価値観に応じて、プラス面とマイナス面を慎重に評価して、最善の治療法を選択していく必要があります。

 ノーベル賞をきっかけに、「免疫チェックポイント阻害薬」が、「画期的な発見に基づく夢の新薬」として報道され、その実態よりも、過剰な期待やイメージが先行してしまっている感じもあります。

 ニボルマブの医師主導治験を行っているということで、虎の門病院にもたくさんのお問い合わせをいただきました。遠くからわざわざ受診された患者さんもおられ、患者さんの期待の大きさを実感しました。ニボルマブに限らず、新治療を評価する臨床試験は数多く行われていますので、「話題の薬だから」というだけではなく、もっと自然に臨床試験に参加できる環境があるといいのかな、と思いました。

 「免疫療法」と呼ばれる治療の中には、臨床試験で評価が行われている「免疫チェックポイント阻害薬」以外に、クリニックなどで自費診療として行われている、有効性が証明されていない「免疫療法」もあります。ノーベル賞の話題に便乗して、根拠の乏しい免疫療法を宣伝するクリニックもあるようです。

 どれがきちんとしていてどれがそうでないのかを見分けるのは容易ではないかもしれませんが、基本的に、根拠の確立した標準治療は、保険適用となっていますので、保険診療の中で、担当医と相談しながら、自分にあった最善の治療を選択していくことが重要です。「よく効く」と宣伝されて、自費診療で高い費用がかかるような治療は避けた方がよいでしょう。まだ根拠が確立していない治療でも、将来の標準治療になることを想定して治験が行われることがありますが、その場合の薬剤費用は原則として無償ですので、自費診療で高額の請求がされるというのは、適切な開発がなされていない証拠にもなります。

 世の中の話題になっている治療ほど、冷静に見極める姿勢が重要ですね。

 本庶氏とアリソン氏のノーベル賞受賞に刺激を受け、とりとめもなく感想を書いてみました。まとめると以下の5点になります。

①新しい発見の背景には、「用意された心」と「偶然の出会い(セレンディピティ)」があります。私たちも、「用意された心」を持ち、いろんな出会いを大切にしたいものです。

②「免疫チェックポイント阻害薬」は、新しいタイプの薬剤で、多くのがんを制御できることが期待されていますが、全例で効くわけではなく、特殊な副作用もありますので、プラス面とマイナス面のバランスを慎重に評価して、適切に用いる必要があります。

③よりよい治療を確立していくためには、今後も、臨床試験を適切に行っていく必要があります。日本で誕生した薬剤を確実に開発するためにも、臨床試験の文化を根付かせることが重要です。

④一部のクリニックで根拠の乏しい「免疫療法」が、高額の自費診療として行われている現状があります。甘い宣伝文句に惑わされることなく、根拠の確立した標準治療を見極め、自分にとって最善の治療を受けることが重要です。

⑤何はともあれ、ノーベル賞をきっかけに、お茶の間でがんの話題が自然に語られるというのは素晴らしいことです。本庶先生とアリソン先生には、改めて心よりご祝福申し上げます。



高野 利実(たかのとしみ)氏
虎の門病院臨床腫瘍科 部長

1998年東京大学医学部卒。国立がんセンター中央病院等で研修後、2005年に東京共済病院腫瘍内科を開設。2008年、帝京大学医学部附属病院腫瘍内科開設に伴い講師として赴任。2010年には虎の門病院臨床腫瘍科部長として赴任し、3カ所目の「腫瘍内科」を立ち上げた。
「HBM(人間の人間による人間のための医療)」を掲げ、悪性腫瘍一般の薬物療法と緩和ケアに取り組んでいる。日本における腫瘍内科の普及と発展を目指すとともに、西日本がん研究機構(WJOG)乳腺委員会委員長として、全国規模の臨床試験に取り組んでいる。
著書に、「がんとともに、自分らしく生きる―希望をもって、がんと向き合う『HBM』のすすめ―」(2016年、きずな出版)がある。

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