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がん診療の現場から

2018/11/22

肺結核の研究が基礎となった免疫学が進行がんの未来を拓く

 昔、と言っても数十年ほど前のことですが、肺結核が「死の病」と恐れられていたころ、医学者はこぞって免疫の研究に走っていました。不治の病となると、研究者は人間が自ら持つ治癒力の活性化を望むのが常なのです。肺結核について、様々な免疫に関する研究を続けました。結核の免疫研究の論文を積み上げると月に届くほどまで、とは言い過ぎですが、相当な量の論文が発表されました。

 ある年代以上の方ならご存じのはずの、ツベルクリンはその先頭であったと記憶されています。2003年まで、小中学校で年に1回ツベルクリン反応検査を行い、陰性だったらBCGが接種されたあれです(現在、ツベルクリン反応検査は廃止されています)。このツベルクリンは19世紀の終わりに、あの有名な細菌学者コッホが、治療目的で開発したものでしたが、結核は治らず、検査に使われるようになったのです。その後も免疫で結核を治すことはできず、1960年代にイソニアジド(INH)、パラアミノサリチル酸(PAS)、ストレプトマイシン(SM)の3剤併用療法が登場したことで、ようやく結核が治癒できる時代になりました。

 そして、それまでの結核に対する免疫研究の論文は、治癒という観点からは反故となってしまいました。しかし、この時の結核の研究は、免疫を基礎から理解することにとても大きな役割を果たしました。特に結核が「国民病」とも言われた日本では、多くの経験と知見が蓄積されました。そのためもあってか、何か治らない病が近くにあると、すぐに「免疫」が取りざたされることになりました。

 進行がんもそうです。「猿の腰掛」、「丸山ワクチン」、OK-432、インターフェロンなど、免疫による治療が数多く行われてきました。このほかにも、ポリサッカライドや様々な酵素など、多くのものが免疫を介してがんを叩けるのではないかと試されました。しかし、効果が全くないかあってもごく限られたがんにしか効果を示さず、だまされてきたといっても良いほどです。

結核研究はがん免疫療法の礎?

 ところが、その日本で、がんの免疫療法を大きく変える発見がありました。京都大学の本庶佑先生が見つけ出したPD-1という分子です。この発見の功績で、本庶先生に今年のノーベル医学・生理学賞が授与されることが10月に発表されましたので、御存知の方も多いでしょう。

 PD-1、そしてPD-L1という分子は、免疫チェックポイントと呼ばれるグループの分子の1つです。がん細胞は、自らの免疫に攻撃されなくなっています。免疫細胞の上にあるPD-1分子と、がん細胞が細胞表面に発現させたPD-L1が結び付くと、がん細胞への免疫が回避されることが分かったのです。

 このPD-1とPD-L1の結合を妨げることで、がん細胞への免疫が働くようにしたのが、有名なニボルマブなどの免疫チェックポイント阻害薬です。免疫チェックポイント阻害薬は様々ながんで効果が評価され、いくつものがんの治療薬として実用化されています。がんの種類によっても異なりますが、進行がんでも一部の患者で免疫チェックポイント阻害薬が長期間、効果を発揮することが分かっています。

 ノーベル賞決定の発表の翌日でした。回診の際に肺がん患者が「ノーベル賞」を投与してほしいと訴えてきました。この患者はすでにファーストライン、セカンドラインの抗がん薬治療が行われ、進行している状況でした。希望に応じて、免疫チェックポイント阻害薬を投与しましたが、病勢の悪化はとどまらず、「ノーベル賞」がすべての患者に効果があるわけでないことを伝えるのには難儀しました。それでも、「もうノーベル賞やっているよ」と声をかけると患者のPS(全身状態)が良くなり、朗らかな顔になりました。

 ノーベル賞発見の薬剤治療をしているということもさることながら、安心と期待と、なににも増して安堵や喜びに「笑い」が生まれて患者の免疫力をあげた結果だと思います。実際に「笑い」でNK活性など免疫の指標となる物質が上がることが証明されています。

 現在のところ、免疫チェックポイント阻害薬が効果を発揮し、長く生存できるのは限られた患者だけです。しかし、免疫治療の礎となった結核研究のように、PD-1、PD-L1の研究を端緒として、難治性の代表格である進行がんでより効果が高く、持続的な治療法が開発されることに期待しています。


坂田 優(さかた ゆう)氏
三沢市立三沢病院事業管理者

1973年弘前大学医学部卒、1992年弘前大学医学部第一内科助教授、1999年三沢市立三沢病院院長、2013年より現職。
効果的だが専門的な知識や技能が必要とされるがんの薬剤が登場し始めた1980年代から、消化器がんを中心に種々の固形がんに対する化学療法の実践、新規抗がん剤の臨床試験を積極的に行い、日本のがん化学療法の進化を支えてきた。
第83回日本胃癌学会会長、日本癌治療学会理事、弘前大学医学部臨床教授なども歴任。
「坂田 優はがん化学療法がまだ一般的でない1970年代からoncologyを志し実践していました。悪魔の手先薬屋の手先と言われていました」

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