このページの本文へ

がんナビ

がんナビについて

がん患者さんとその家族のために、がんの治療や患者さんの日々の生活をナビゲートします。

がん種から情報を探す

  • 乳がん
  • 肝がん
  • 大腸がん
  • 腎がん
  • 胃がん
  • 肺がん
  • 食道がん
  • 前立腺がん
  • 子宮頸がん
  • 膵がん
  • 卵巣がん
  • その他のがん

新着一覧へ

がん診療の現場から

2018/10/18

がん性腹水を無理にがまんしないことの意味

三沢市立三沢病院事業管理者 坂田 優

 がんの種類を問わず、進行して終末期になると、悪性の胸水・腹水が貯留して患者さんを苦しめます。医師は症状の緩和を目指して立ち向かうのですが、むなしく敗北することが多くあります。

 がん性腹水は腹腔臓器がんの進行によるものが主ですが、がんの種類によって貯留後の様相が変わります。卵巣がんなどは化学療法の効果が著しく発揮され、腹水の緩解が多くみられ、手術も可能になることが時にあります。一方、消化器がんでは貯留する腹水をコントロールすることはなかなか難しく、次第に患者さんのPS(全身状態)を低下させていきます。医師は利尿剤や抗がん薬の腹腔内投与などを試みて対処しますが、目立って良くなることは稀でした。単純な腹水の排液は頻回に行うと、アルブミンや電解質が失われて栄養状態が悪化し、生命の維持には不適とされています。

 ようやく近年、腹水排液法の改良や、抗がん薬であるパクリタクセルの腹腔内投与法が胃がんや膵がんで試みられるようになり、PSの状態の良い患者では、ある程度の腹水の制御が望めるようになってきました。

 肝硬変などで腹水還流の方法として利用が始まった腹水濾過濃縮再静注法(CART、Cell-free and Concentrated Ascites Reinfusion Therapy)をがん性腹水に用いることが行われています。この方法は、抜いた腹水を濾過濃縮してアルブミンなどの有用な成分を回収し、体内に戻すというものです。最近のCARTの技術的な進歩も伴って、腹水増加をコントロールできる場合も増えて来ています。

命の長さは時間だけではないと思ったこと

 CARTがまだ治療として認められていない時期に、腹水のケアの重要性を経験した症例がありました。40代のすい臓がんの女性が、前医では治療法がないといわれて転院してきました。黄疸が著明で疼痛が強度にあり、腹水でお腹がパンパンではち切れんばかり、横隔膜を押し上げて呼吸も困難で起座でも思うようにならない状態でした。「排液は命を縮めるから」という理由で排液はされておらず、患者さんもひたすら信じて耐えていました。私は回診で主治医に排液するように話しました。主治医は渋ってはいたのですが、利尿剤やステロイドで腹水コントロールができない以上、排液がベストだろうといって推し進めました。

 患者さんには「一回ぐらい楽になってもよいでしょう?」と話しかけました。さらに「排液したらすぐ死が来るわけでもない」と説明しました。その日に排液がなされ血性の腹水が大量に除去されました。

 次の朝、様子を見に行くと、「何日かぶりにぐっすり眠れた」と、患者さんは涙を浮かべて嬉しそうに話していました。もちろん再び増水して、何度か希望により排液をしました。患者さんは自らの予後を確実に認識し、緩和ケアを受け入れていました。命の長さは時間だけではないということを痛感したものです。まっすぐ仰向けに眠れただけで彼女の満足が得られたものだと思います。

CARTも万能ではないけれど

 今はCARTが使えますから、もっと腹水の管理ができる可能性があります。ただし、CARTには保険上の制約があり、2週間に一度しか実施できず、腹水の増水に間に合わないこともしばしばあります。また、CARTの適応になるかを十分に検討する必要があり、思うようにCARTが実施できないことが多いのも現実です。特にすい臓がんや肝がん、胆嚢胆管がん、転移性肝がんなどは黄疸を伴うことが珍しくなく、顕性黄疸を伴う重篤な肝障害患者の場合は、循環動態の変化に伴って静脈瘤破裂のおそれがあり、CARTの実施には慎重になることとされています。その他にも病態によっては、CARTができないこともあります。

 がん性腹水が辛い場合には、CARTも含めて、腹水の管理について主治医との相談を考えて良いと思っています。


坂田 優(さかた ゆう)氏
三沢市立三沢病院事業管理者

1973年弘前大学医学部卒、1992年弘前大学医学部第一内科助教授、1999年三沢市立三沢病院院長、2013年より現職。
効果的だが専門的な知識や技能が必要とされるがんの薬剤が登場し始めた1980年代から、消化器がんを中心に種々の固形がんに対する化学療法の実践、新規抗がん剤の臨床試験を積極的に行い、日本のがん化学療法の進化を支えてきた。
第83回日本胃癌学会会長、日本癌治療学会理事、弘前大学医学部臨床教授なども歴任。

この記事を友達に伝える印刷用ページ