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がん診療の現場から

2018/4/23

「犀の角」という言葉をご存知ですか?

日本医科大学付属病院 教授、がん診療センター長 久保田 馨

 がん患者にとって家族や友人、そして医師、看護師や薬剤師はどんな存在なのでしょうか。

 「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と断言したのはアドラー心理学の創始者で精神科医のアルフレッド・アドラーです。2013年にはアドラー心理学を分かりやすく著した「嫌われる勇気」が出版され、100万部を超すベストセラーになりました。また、仏教でも「悩みは人間関係から起こる」と分析しています。ブッダのことば スッタニパータでは、「犀(さい)の角のようにただ独り歩め」を含む多くの韻文が書かれています。その中には、「交(まじ)わりをしたならば愛情が生ずる。愛情にしたがってこの苦しみが起こる。愛情から禍(わざわ)いの生ずることを観察して、犀の角のようにただ独り歩め」と愛情から苦しみ、禍いが起こると述べた文があります。

 全く愛情を感じないものを失っても悲しみや苦しみは感じないでしょうが、愛情が深いほど喪失時の悲しみも深くなります。悲しみや苦悩は愛情の裏返しなのかもしれません。しかし、ブッダはまた「もしも汝(なんじ)が、賢明で協同し行儀(ぎょうぎ)正しい明敏(めいびん)な同伴者を得たならば、あらゆる危難にうち勝ち、こころ喜び、気をおちつかせて、かれとともに歩め」「学識ゆたかで真理をわきまえ、高邁(こうまい)・明敏(めいびん)な友と交(まじ)われ。いろいろと為になることがらを知り、疑惑を除き去って、犀の角のようにただ独り歩め」とも述べています。犀の角という孤独と優れた人との交流が共に大切であることを伝えているのです。

 翻って医療について考えてみましょう。現代の医療はインフォームド・コンセントを基に成り立っています。インフォームド・コンセントは、真実を知る患者の権利と患者が理解・納得できるように説明する医師の義務を基本とする構造を持っています。すなわち患者と医師とのコミュニケーションが大きな柱です。もう一つの柱は、インテグリティという概念です。インフォームド・コンセント同様、日本語訳が難しい言葉です。インテグリティは「身体と精神の合一性」などと解説されています。患者にとっては、自分の病気をありのままに受け入れること、残された時間が長くない場合は自分にとって何が大切かを考え、判断することでしょう。このためには孤独に自分自身と向き合うことが必要になると思います。医療従事者にとってのインテグリティとは、誠実さ、患者・家族への真摯な姿勢です。

 孤独の詩人リルケが、生死、孤独、恋愛などの精神的な苦悩に直面した青年に書き送った書簡を集めた「若き詩人への手紙」は、リルケの誠実さと青年への深い共感の姿勢が心を打ちます。

 がん患者にとっては、「賢明で協同し行儀正しい明敏な同伴者」は家族、友人になるでしょう。「学識ゆたかで真理をわきまえ、高邁・明敏な友」とは、経験豊富で様々なエビデンスを理解し、コミュニケーション技術を身につけた医師、看護師、薬剤師などの医療従事者になるかもしれません。明敏な友との交わりと共に、犀の角のように孤独に自らの歩みを進める、人間的に成長する姿勢が必要なのでしょう。孤独と交流といった一見対立する概念が同時にあること、困難ではありますが、我々が目指すべき成熟した医療の姿のように思います。


久保田 馨(くぼた かおる)氏
日本医科大学付属病院 教授、がん診療センター長

1983年熊本大学医学部卒。 国立がんセンター東病院病棟医長、Vanderbilt University Medical Center, Division of Medical Oncology, visiting scholar、国立がんセンター中央病院病棟医長などを経て、2011年に日本医科大学付属病院化学療法科部長、2012年より現職。
日本癌医療翻訳アソシエイツの理事長も務める。
専門は臨床腫瘍学、胸部悪性腫瘍の診断と治療、がんの支持療法、コミュニケーション技術、臨床的意思決定。

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