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がん診療の現場から

2018/4/19

「何かすごい医療」にすがる前に

今ある医療を最大限活用し、自分らしく生きる

虎の門病院臨床腫瘍科 部長 高野利実

 「がんゲノム医療」への期待が、高まっています。「プレシジョン・メディシン」という新しい医療が、新時代の夢の医療として紹介されています。これからは、遺伝子を調べれば、自分の癌の特効薬を見つけられるようです。何かすごい検査によって何かすごい治療を受けられるようなイメージが広まっています。

 でも、「がんゲノム医療」「プレシジョン・メディシン」「すごい検査とすごい治療」について、正確に理解できている人は、あまりいないようにも思います。かく言う私も、理解できている自信はありません。一応、世の中で言われていることを紹介すると、プレシジョン・メディシンは、「精密医療」などと訳され、「遺伝子検査などによって、患者一人ひとりの病気の特徴を分析し、それに応じた最適の治療を選択すること」のようです。以前より言われている「個別化医療」の方がイメージしやすい言葉に思えますが、網羅的に遺伝子検査を行って治療に役立てようとする「がんゲノム医療」とセットになった新しい医療として、「プレシジョン・メディシン」が注目されているようです。

 具体的な内容を理解できなくても、イメージだけが先行して、国民や患者さんの期待は、確実に高まっています。テレビで「プレシジョン・メディシン」が特集されれば、その後しばらくの間、腫瘍内科外来の診察室では、多くの患者さんがこの話題について口にします。「プレシジョンという新薬を私にも使ってください」と懇願されたりします(念のため、「プレシジョン・メディシン」は、薬の名前ではありません)。私は、プレシジョン・メディシンの現状とその限界について説明し、「今あなたが受けている医療だって、一緒に考えて選んだ、あなたにとって最適と考えられる治療で、それこそがプレシジョン・メディシンなんですよ」とお話しします。でも、

「いや、私は、テレビでやっていた、あのすごい治療を受けたいんです」

と返されてしまい、なかなか会話がつながりません。過剰な期待を煽るメディアの前で、一臨床医の無力さを感じます。

 医学は日々進歩し、新しい薬が次々と開発されていて、現在の患者さんは、その進歩のおかげで、10年前の患者さんからみたら「奇跡的」とも言える医療を受けています。でも、「素晴らしい医療を受けられて私は幸せだ」と、今ある医療に満足している患者さんは、必ずしも多くはありません。医学が進歩すればするほど、国民の期待は、その進歩よりもさらに先を行ってしまい、「もっといい医療があるはず」という想いから抜け出られないようです。

 テレビなどのメディアは、「もっといい医療」のイメージを伝え、国民の期待を煽ります。普通に受けられる標準治療を紹介しても、あまり視聴率が上がらないという話もあり、視聴者の感情を煽る「センセーショナリズム」に走る傾向があります。「がんゲノム医療」や「プレシジョン・メディシン」についても、イメージが先行し、現状や限界については正しく伝えられていないように思います。

 技術の進歩により、一人ひとりのがんについて、大規模に遺伝子検査を行うことは可能となりましたが、その検査を受けた方に何か恩恵があるかというと、ほとんどないというのが現状です。ごく一部の方に、遺伝子検査の結果に応じた治療や、治験への参加が検討されますが、現時点では、研究的な意味合いが強く、「自分に合った特効薬」を期待して検査を受けた方の多くは期待外れとなってしまいます。それでも、こういった大規模な遺伝子検査は、がんの性質を知り、新しい薬を開発していくために重要と考えられていて、国や学会も、積極的に後押ししているわけです。

 私も、新薬開発に携わる臨床医として、がんゲノム医療やプレシジョン・メディシンの進歩には大いに期待をし、それに貢献したいと思っているわけですが、今まさにがんと向き合っている患者さんにとっては、未来の夢物語よりも、「今ここにある医療」をうまく活用することの方が重要です。一人ひとりの患者さんにあった現時点で最善の医療としてのプレシジョン・メディシンこそが求められているのです。

 今ある医療は、10年前の患者さんからみたら、「期待しながら手の届かなかった夢の医療」です。そういう医療に感謝することから始めると、少し穏やかな気持ちになれるかもしれません。でも、実際には、「10年後だったらもっといい医療が受けられたのに」という想いを抱いて、満たされない気持ちのまま今の医療を受けている患者さんが多いようです。そういう患者さんは、仮に10年後にタイムスリップできたとしても、さらに10年後の「もっといい医療」を夢見てしまい、どこまで行っても、結局満足することはないのではないかという気もします。

 夢のない話をする医者だと思われたかもしれませんが、そんなつもりはありません。今ある医療だって、十分に夢のある医療だということが言いたかったのです。これまでの医療の進歩と今ある医療に感謝し、それを最大限活用しながら、自分の人生の目標に向かって、自分らしく歩んでいくことこそが、真のプレシジョン・メディシンです。遺伝子検査を受けて、何か役立つ結果が得られたらそれを活用すればいいし、役立たなかったとしても、それで絶望するほどのものではありません。自分にあったいい薬があったなら、それをうまく活用すればいいし、いい薬がなかったとしても、期待した薬が効かなかったとしても、それでおしまいだと思い詰める必要はありません。治療や検査を受けるために生きているわけではなく、治療や検査は、自分らしく生きるための道具として、必要に応じて活用すべきものです。

 今ここにはない「何かすごい治療」を夢見て、それにすがりつこうとするよりも、自分がしたいこと、大事にしていること、目標とすることを見つめ直し、自分らしく生きるために、今ここにある医療を最大限活用していきましょう。それを支えるために、私たち医療者も努力していきます。


高野 利実(たかの としみ)氏
虎の門病院臨床腫瘍科 部長

1998年東京大学医学部卒。国立がんセンター中央病院等で研修後、2005年に東京共済病院腫瘍内科を開設。2008年、帝京大学医学部附属病院腫瘍内科開設に伴い講師として赴任。2010年には虎の門病院臨床腫瘍科部長として赴任し、3カ所目の「腫瘍内科」を立ち上げた。
「HBM(人間の人間による人間のための医療)」を掲げ、悪性腫瘍一般の薬物療法と緩和ケアに取り組んでいる。日本における腫瘍内科の普及と発展を目指すとともに、西日本がん研究機構(WJOG)乳腺委員会委員長として、全国規模の臨床試験に取り組んでいる。
著書に、「がんとともに、自分らしく生きる―希望をもって、がんと向き合う『HBM』のすすめ―」(2016年、きずな出版)がある。

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