遺伝子検査の結果の影響をどう受け止めるか
このような事例のように、遺伝子検査を受けて陽性の結果が出たとき、覚悟していたとはいえ気持ちがモヤモヤしたり、母として子どもたちにどう伝えればいいか、悩んだりする人は少なくないそうだ。
「娘はその結果を一生、背負うことになる。もっと人生を楽しく過ごしてほしい」と思い悩んだ結果、言わないことを選択する母親もいるという。
金子さんは「遺伝性だとわかることで、対策が立てられるメリットがあります。でも、ご本人に話を聞く心の準備ができていないと、なかなかメッセージが届かないこともあります」と言う。
こんなとき、四国がんセンターには臨床心理士もいて、心の揺れをサポートしている。遺伝カウンセラーが科学的な根拠に基づいて、遺伝に関する情報提供をする、その一方、臨床心理士は動揺する相談者に寄り添いながら話を聞き、心の中を整理する。さらに、看護師は患者の心身を全体的に、患者の生活や人生全体を視野に入れてサポートする。お互いに多職種がチームとなって補完し合いながら、患者を支援している。
四国がんセンターで遺伝性腫瘍の患者をルーティンワークの聞き取りによって探し出し、相談支援に力を入れ始めたのは、乳腺科医長で乳腺専門医であり、臨床遺伝専門医の資格も持つ大住氏の過去の体験が大きかった。
大住氏は90年代にリー・フラウメニ症候群(表1参照)による乳がん患者を診たことがあった。女性は21歳で亡くなった。
2年半後、女性の姉がひどく進行した乳がんを抱えて、診察室に入ってきた。よく話を聞いてみると、家系内でのがん罹患者は乳がんだった妹だけでなく、父親も30代で肺がんによって死亡し、末の妹も小児期に悪性リンパ腫と診断され、ようやく治療が功を奏し、寛解(症状が落ち着いて安定した状態)したところだった。
リー・フラウメニ症候群の遺伝的体質を持つ場合、特に、乳がんが高率に発症する。大住氏は「家族性腫瘍のことをもっと知っていたら、こんなに進行する前に、あらかじめ予防策を取れたのに」と心に深く残った。
その後、家族性腫瘍について調べたところ、「日本人にも遺伝による乳がんや大腸がんの患者が高頻度にいること」がわかった。「日本ではがんに罹患する可能性が高い未発症者が放置されている。本気で取り組まなければならならいと強く思った」と大住氏はこのときのことを振り返る。大住氏は、取り組みの目的は「早期介入(より精度の高い検診や予防的切除など)によって死亡を防ぐこと」と言う。
病院全体で取り組むため、メディカルスタッフや患者・市民を対象にした家族性腫瘍の勉強会を開くなどして、意識を高めることもしている。
今年は、米国の女優アンジェリーナ・ジョリーが遺伝性乳がん卵巣がんのリスクを回避するために乳房の切除を受けたことで話題に上った。「すでに、米国では遺伝性乳がん・卵巣がんの要因になるBRCA遺伝子の検査件数が年間10万件を超えています。高リスク者に対する検診や予防的切除、遺伝カウンセリングなども普及しています」と順天堂大学医学部附属病院順天堂病院遺伝相談外来(胎児クリニック遺伝カウンセリング室長兼務)田村智英子さんは言う。
日本では全国の大学病院の8~9割で遺伝子検査や遺伝カウンセリングが実施されている。気になる人は一度、相談してみたらいいだろう。
【参考】遺伝子検査の価格(四国がんセンターの場合) |
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*家系の中で最初に遺伝子検査を受ける人は19万円。その方に遺伝子変化が見つかった場合、血縁者は3万円。これは2人目からはBRCA遺伝子のどこに変化があるか、すでに分かっているため、ピンポイントで変化の有無を調べられるから。 |
*遺伝カウンセリングは初回1万円、2回目以降は5000円。 |