昭和大学の緩和ケアチームのカンファレンスの様子
今年3月末まで同病院メンタルケアセンターに勤務し、野村氏とともに緩和医療チームメンバーだった医師の富岡大(ひろい)氏(現在は、昭和大学附属烏山病院勤務)は臨床心理士の有用性について、こう言う。
「臨床心理士に対しては、主治医に話せないようなことも含めて、悩みを打ち明けることができるようです。治療を行っていく上で患者が選択を迫られる場面が多いのですが、病院側スタッフとコミュニケーションを重ね、安心できて初めて、判断や決断ができるようになるものではないでしょうか。医療には本来そういう、ゆとりが大切だと思います」
その後、患者はカウンセリングを「自然に卒業していく」という。生活の中で問題が生じたとしても、臨床心理士が 「そろそろ、ご自分でやっていけそうだ」と感じる頃、患者も「自分でやってみよう」という気持ちになり、自然とカウンセリングを終了することが多いそうだ。
ただし、カウンセリングを受ければ、すべての悩みが解決できるわけではない。「私たちカウンセラーが答えを出すことはできません。患者さんの人生はその人のものだからです」と野村氏は言う。
「精神分析」を基盤に、価値観や判断をできるだけ排除して患者の話を聴く
臨床心理士のカウンセリングを受けるのは、患者・家族だけではない。昭和大学横浜市北部病院では、緩和医療チームのメディカルスタッフも野村氏に相談することが多い。
緩和ケア認定看護師で、主任の岡紀子氏は野村氏をとても頼りにしている。臨床心理士と看護師の専門性の違いは「患者さんとの距離感の違いに現れる」と言う。
「看護師は365日24時間、患者の傍に寄り添っているので、患者さんと同じ目線になってしまい、客観性を見失ってしまうことがしばしばあります。そんなとき野村さんは臨床心理士の立場で、起こっている状況を分析し、考え方は1つではないことを教えてくれます。患者さんにどう声をかければいいか、次の行動のヒントにつながっています」と岡氏は話す。
そんな臨床心理士の専門性とは、どんなことだろうか。
臨床心理学には、いろいろな流派がある。たとえば、野村氏は「精神分析」を基盤にしている。精神分析とは、19世紀、フロイトが「私たちの心には意識と無意識がある」を明らかにしたことを出発点にしている。野村氏はこう説明する。
「私たちの思考や行動の多くが、実は無意識の領域に影響されています。そこで、無意識の世界に光を当てていくことで、困難に感じている問題がどのように起こっているかを理解し、解決への道筋を探っていきます」。特に、精神分析の「発達論」や「精神力動」の視点が、患者を理解するためには重要で役立つという。
「発達論」とは、ヒトは成長過程の中で各成長段階に応じた固有の課題があり、それをどう体験するかによって、その人の特徴が形づくられていくという考え方である。野村氏は「『人を歴史的存在』としてみるということです」と説明する。
「精神力動」とは、問題の背後ではさまざまな力が作用し合っており、自分の中の葛藤だけでなく、対人関係にも及んでいるという考え方である。例えば、「お母さんは怖い。大嫌い」と繰り返していても、「本当は褒めてほしかった」という一言が出てくることがある。
野村氏はこう説明する。「人は多義的で、矛盾を抱えています。母親に対して嫌いという気持ちを持つと同時に、愛情を同時に求めているということを理解することは、その人の心の一部分でなく、全体をみることになります」。対人関係の中でも、家族との関係は性格形成に重大な意味を持つという。「特に、幼少期・学童期に家族との間で安心できる体験を重ねたか、情緒的な関わりを持つことができたかどうか、ということは、その人のその後の人生に大きな影響を及ぼします」(野村氏)
このため、カウンセリングでは、「生まれてから今まで、どんなことがあったか」や「家族について」「周囲との関係」を話してもらうことが多い。
このような専門性を基盤に、カウンセリングでは「傾聴し共感すること」を大切にする。患者・家族の話を聴きながら、専門的知識に基づき、患者が困っていることについて、その背景にあることを含めて全体像を把握し、問題点を抽出したりする。
野村氏はカウンセリングで話を聴くとき、「いろいろなことを念頭に置き、患者さんを理解しようとしながら、自分自身の価値観や判断から離れて、ニュートラル(中立的)な態度で話を聴くこと」を心がける。そうすると、自然に相手は話しやすくなるという。
最後に、患者・家族と信頼関係を構築する時に必要なことは何か。
野村氏に聞いたところ、「誠実であること」と「相手を信じること」と答えてくれた。前者は患者・家族に も、自分にも誠実であるようにして、「できないことはできない」と答えるようにしているという。
後者は「患者さんやご家族は、そのときはどんなに混乱していたとしても、問題を改善したいと思っているから来談している。その方の持っている力を信じ、その力を発揮できるように援助することが大切なことだと思っています」と野村氏は話している。
病院には、患者・家族のよき相談相手がいる。困ったときには、臨床心理士を訪ねてほしい。