少しでも身体を動かすことで患者は安心し、生きる意欲が生まれる
次に、緩和ケアにおけるリハビリの様子を紹介しよう。末期がん患者のリハビリを多く担当してきた内山氏はこう言う。
「患者さんは病気が進行していることにお気づきになっています。でも、少しでも身体を動かすことで患者さんは安心され、生きるモチベーションになるのです」
取材時、膵臓がんの男性患者のリハビリの様子を見せてもらった(写真)。
60代男性のBさんは、膵臓がんと診断されて2年目になる。がんの治療を受けた後、妻の介護の下、かかりつけ医の訪問診療を受けながら在宅で療養していた。だが、病状が進行したため、以前から希望していた聖隷三方原病院のホスピス病棟に入院した。
写真1 内山氏による末期がん患者のリハビリの様子 寝たきりであっても、患者はリハビリの時間を「とても楽しみ」と言う。
がんの進行による身体のだるさがあったBさんは、毎日、ほとんどの時間をベッドで過ごし、寝返りするときには介助が必要な状態だった。寝たきりによる身体機能の低下が心配されたため、主治医はリハビリの指示を出した。
1週目、内山氏は主に次の3つの症状に対してリハビリを行った。
(1)寝たきりで体を動かさないことによって筋肉が硬くなり、背中の痛みがあった
→直接、背中を手で触りながら痛みを和らげた。
(2)筋力の低下により、身体にだるさを感じていた
→がんの患者は病気の進行によって、筋肉がやわらかく張りがない状態になり、身体にだるさをもたらす。そこで、Bさんの手足をストレッチしながら、筋肉に張りをもたせた。
(3)身体が重いという訴えがあった。特に、背中は「まるで鉄板が入ったような」、足は「自転車が足の上に乗っているような」重苦しい痛みが続いていた
→ベッド上で背中や足を少し動かすことで、患者が感じる重量感を和らげた(2ページ目表2参照)。
リハビリを受けると、Bさんは「症状が楽になった」と喜んだ。やがて、リハビリの時間に内山氏が病室に行くと、「楽しみにしていたよ」「待ちくたびれたよ」などと言うようになった。医師から「余命が短い」という話を受けていたにもかかわらず、内山氏の指導の下、Bさんはリハビリに意欲的に取り組んだ。実は、Bさんには「妻を連れて外食に行きたい」という強い希望があった。ベッド上でパソコンもやりたかった。
3週目までは症状が安定していたため、Bさんはリハビリの甲斐あって、車いすに乗って桜並木を見に行くことができた。車いすに乗ることは、ベッドから起き上がるきっかけになり、寝ているときの同じ姿勢による身体の苦痛を軽減できる。足の筋力の維持にもなる。
4週目に入り、Bさんは日中でも眠っている時間が長くなった。リハビリの時間にBさんが寝ていても、内山氏はいつも通り40分間のリハビリを行った。足のむくみを改善させたり、関節の動く範囲を広げたりすると、起きた時の痛みを和らげることができるからだ。Bさんは、その後、8週目に亡くなった。