Aさんは、訓練を1カ月続けた結果、とろみを加えた5分粥やゼリーを口から食べられるようになり、退院の許可が出た。
同院では、退院時にリハビリテーション科の医師と神田氏がリハビリの必要があると判断した場合は、外来で継続する。神田氏は、Aさんの退院後も、管理栄養士と連携してサポートを続けた。家族には毎日の食事ノートを書いてもらい、管理栄養士は胃ろうをやめることを目標に、食事量や栄養バランスをチェックした。神田氏は、安全に飲み込めるかどうか、食べにくさはないかを確認しながら、リハビリの内容や飲み込むときのコツなどを助言した。
Aさんは、胃ろうと併用しながら少しずつ喉の筋力を強くするリハビリを1人で続けたところ、1カ月後には、とろみを付ければ液体を飲んでもよいと判断されるまでに嚥下機能が回復した。退院から約3カ月経った頃には、お粥、茶碗蒸し、豆腐、プリンなどを、治療前の食事量の約3分の2まで食べられるようになった。
だが、神田氏との面談時、Aさんは「家の食事はパサパサして飲み込みにくい。お粥と茶碗蒸しばかり出てくるので、ほかに食べられるものはありませんか」と相談。そこで、神田氏は次のように助言した。
「放射線治療の影響で唾液の分泌が悪くなっています。お粥、おじや、雑炊が一番いいですが、確かに飽きますよね。その場合は、例えば、味噌汁かけご飯、卵かけご飯、とろろ芋ご飯などはどうでしょうか。水分を加えると食べやすいです。パンなら、牛乳や紅茶に浸す。雑炊の中に野菜や魚を煮込んでおいて変化をつけるという方法もあります」
面談に付き添っていた妻はその言葉をノートにメモした。
このほかにも、神田氏から、嚥下・摂食障害でよく見られる症状の対応について教えてもらった(表1)。どうしても飲み込みが難しい時には、飴をなめて、唾を飲み込まず吐き出してもらう。食べ物を口に入れ味わうことができるので、患者は満足するという。
症状 | この症状を伴いやすい 主ながん |
対処法 |
飲み込みにくい(喉に食べ物がつかえる感じがする) | 食道がん、脳腫瘍 | 原因によって、いろいろな改善方法がある。例えば、食事の素材を細かく刻む、ミキサーにかけるなど、作り方を工夫することで、喉ごしがよくなることがある。 |
飲み込みにくい(唾液の分泌が少ない) | 咽頭がんの放射線治療後 | 本文に詳細 |
飲み込みにくい(喉に食べ物が残っている感じがする) | 食道がん、脳腫瘍 | うまく飲み込める方法をリハビリで習得するとよい。例えば、「一口食べたら唾を飲み込んで空嚥下する」「右下か左下に首を回しながら飲み込む」「うなずくようにして、少し下を向いて飲み込む」などがある。 |
食べる時にむせる | 肺がん、脳腫瘍、食道がん | 食べる時の姿勢に気を付ける。前かがみになったり、顎を上げたりするとむせやすい。 食べ物の選び方に気を付ける。水分の多い物は避けたり、とろみを付けたりするとよい。 |
痰が多い | 肺がん、食道がん、脳腫瘍 | むせる状況をなくせば、痰が出にくくなる。 |
喉に痛みがある | 咽頭がん、喉頭がんの手術・放射線治療後など | 食べ物を選ぶ時、酸味や辛味のある物は避けた方がよい。 鎮痛剤で痛みを消失させることができる。 |
喉に麻痺があり飲み込みにくい | 脳腫瘍、食道がん、肺がん | 麻痺の部位によって症状と対応が異なる。 例) ・軟口蓋の麻痺(食べ物が鼻へ逆流してしまう) ⇒歯科と連携して補綴物を作ってもらい装着することで症状を軽減できることがある。 ・食道入り口の麻痺(麻痺側に食べ物が残ってしまう) ⇒横向きになって飲み込むことで、食べ物が通りやすくなる。 ・声帯の麻痺(液体を誤嚥しやすい) ⇒食べ物にとろみを付けたり、「息こらえ嚥下」(飲み込む前に鼻から息を吸って、息をこらえながら飲み込み、その後、息を吐くという特殊な飲み込み方)を習得したりすると誤嚥しにくい。 |