がんが見つかったときから、患者やその家族は様々な悩みを抱えます。診断に対するショック、将来への不安、治療法への迷いや心身の負担、経済的な見通し、家族や周囲との関係――。 この連載(不定期掲載)では、患者や家族の身体と心、生活を支援してくれるエキスパートたちを紹介します。名前は聞いたことがあるけれど、「いつ、どんなことを相談したらいいの?」「どこにいるの?」。そんな疑問にお答えします。 今回は、第1回目に引き続き「医療ソーシャルワーカー」を取り上げます。前回は患者本人にとってどのような存在なのかについて説明しましたが、今回は、患者と共に病気と闘う家族、看取った遺族を、どのように支援してくれるのか、詳しく紹介します。
医療ソーシャルワーカーProfile |
・第1回 医療ソーシャルワーカー(上)参照。
医療ソーシャルワーカーCase Study(その2) |
静岡県立静岡がんセンターにある「よろず相談」では、5人の医療ソーシャルワーカーが、がんに関する疑問や不安、悩みに対応している。
家族ならではの悩みにぶつかったら
医療ソーシャルワーカーの福地智巴さん(41歳)は、よろず相談について、「患者さんはもちろんのこと、ご家族やご遺族の相談もお受けしています。気持ちが落ち込んだり、どうしたらいいのか分からなくなったら声を掛けてください」と呼びかける。
例えばこんなことがある。患者は同じ1日の中でも、病状によって感情に起伏が出やすい。身体の状態が思わしくないときには、ささいな問いかけにも応じられなかったり、話をするエネルギーがなかったりする。そんなとき、家族は少しでも元気付けようと食べ物などのお見舞いを持って行くが、患者はそれを喜べる気分になれず、面会時間が終わっていないのに「もう帰れば」「もう来なくていい」などと言ってしまうことも。こんな患者の姿に家族は戸惑ったり、どう接したらいいか悩んだり。「こんなに心配しているのに」と怒りが込み上げてくることもある。
私たちは家族について、普段はあまり意識することなく暮らしている。しかし、特殊な状況に置かれると、ある日、お互いの存在に気付く。家族の誰かが病気になったときは、それぞれが患者とともに、病気とそれに伴う悩みや苦しみに向き合う。
表1:家族は、どんな相談ができるの?(静岡がんセンターのよろず相談や、その他の病院における相談内容をもとに編集部で要約)
「治療や療養について、家族や兄弟で意見が分かれる」「懸命に看病してきたが疲れてしまった」「医師に『もう治療法がない』と言われた。患者にはどう伝えればいいか」――。よろず相談には、患者の家族からこうした相談が持ちかけられるという(表1)。さらに、患者の予後が厳しいということを知り、あれこれ考えていくうちに、まるで患者を見送ったかのような喪失感に襲われる人も少なくない。患者の顔を見るのがつらくて病院に行けなくなったり、まったく何もできず家に引きこもってしまったりする人もいる。これは「予期悲嘆」と呼ばれる、いわゆる抑うつ的な症状だ。
こんなとき、医療ソーシャルワーカーに相談すると、もやもやと混乱した感情を整理できる。話しながら自分の気持ちを再確認し、患者とコミュニケーションを取ってみようというきっかけになることもある。会話でやりとりするうちに、ネガティブな感情をポジティブに転換できる「気付き」を得ることもある。
福地さんは、「相談後、少しでも気持ちが軽くなるよう、他の角度からの見方や幅広い考え方を伝えるようにしています」と言う。
これまで、面と向かって言葉を使ってやりとりしてこなかった家族の場合は、どうすれば患者の気持ちを引き出せるか、一緒に考える。「みなさん、どう言えばいいのだろうと、言葉に強いこだわりがあるようですが、実は言葉以外でもコミュニケーションは取れます。『私はあなたのことを気にしている』というのは、『どうしたの』という表情を見せたり、背中をやさしくなでてみる、後ろから洋服を着せてあげる、そういうことでも十分伝わります」と福地さんはアドバイスする。
遺族が新たな一歩を踏み出すために
大切な家族を看取ったとき、遺族としてそれを受け止めるための時間、そのときのことを思い出して語り合える人が必要になる。特に、息子や娘に先立たれてしまった場合は心労が大きく、伴侶を亡くした場合は孤立しやすく、なかなか立ち直れない人も多い。
表2:遺族は、どんな相談ができるの?(静岡がんセンターのよろず相談や、その他の病院における相談内容をもとに編集部で要約)
また、家族全員が悲しみを同じように表現するとは限らない。ずっとふさぎこんでしまう人もいれば、仕事や学業にエネルギーを注ぎ込んでいく人もいる。そんなとき、家族間でも「悲しくないのか」「冷たい」などと感じることがある。あるいは、家の中が暗くならないように、「いつまでも悲しんでいてはいけない」とその話題を避けるようになることもある。でも実は、悲しみを出し切らないうちに気持ちを抑制してしまうと、かえって悲しみを長く引きずってしまい、新たな一歩を踏み出せなくなる。
そんなときも、医療ソーシャルワーカーが力になってくれる。遺族からの主な相談内容を表2にまとめた。医療ソーシャルワーカーは、遺族の話を聞きながら、日常生活の安定に向けて、自分でできることを増やすサポートをしていく。「家族を亡くされた直後はその事実を受け入れるのに必死です。気持ちには揺れ幅がありますが、相談を通して小さな変化が起こり、その揺れ幅が少しずつ狭まっていきます」と福地さん。時間をかけて相談を繰り返すうちに、最初は大粒の涙を流していた人でも、数カ月後には亡くした家族のことを振り返れるようになるという。
解決に向け、何度でも相談を
相談が重要なのはどうしてか。解決を導く手段となるのはなぜか。相談者は、人に聞いてもらうことを意図して自分の悩みや苦しみを語っていくことで、その内容や言葉の意味に自らが気付く。そのプロセスから新たな価値やアイデアが生まれ、最終的には相談者自身が解決方法を見出すことができる。これを専門用語では「ナラティブ・ベイスド・メディシン(Narrative Based Medicine=患者の物語に基づく医療)」と呼び、「患者や家族のことは、その人自身が一番よく知っている」を基本概念とする。
医療ソーシャルワーカーという仕事について、福地さんは「私たちの武器は、コミュニケーション力と観察力です」と言う。相談を受けている間、福地さんは「今話していることと感じていることが一致しているか」、目と耳で留意している。「例えば、相談者の方から『がんばります』『大丈夫です』といった言葉が出ていても、目が一点を凝視していたり、手が小刻みに震えていたりすることがあります。心と表現が一致していないのは、本人にとって、すごくつらいことです」と福地さん。相談中、気になることがあれば、「また来週どうぞ」と帰り際に声をかけることにしている。
相談は会話のやりとりばかりではない。ときには、悩みや苦しみを抱える人がリラックスできるよう、呼吸法やお風呂の入り方など生活上のアドバイスもする。
人生の深さを知ることができる仕事
福地智巴(ふくち・ともは)さん 1993年早稲田大学卒、2002年筑波大学大学院教育研究科カウンセリングコース修了。05年から静岡県立静岡がんセンター勤務。所有資格は児童指導員、社会福祉士、臨床心理士 |
医療ソーシャルワーカーの1日は、朝は早く夜は遅く、多忙を極める(下のタイムテーブル参照)。しかも、悩みや苦しみにばかり耳を傾ける仕事は、エネルギーがいるのではないか。ソーシャルワーカー歴14年目の福地さんにそう聞くと、「それ以上にむしろ、相談者の方からエネルギーをもらっている」と話す。「すごくつらいお話を聞いているときは、仕事を離れて一個人として、心を揺さぶられることもあります」と福地さん。
「人は時間の流れの中で、成長して力を付けています。振り返って、これでよかったと思えるようになったとき、『よし、これからもがんばろう』と前向きになれる」、そんなケースに出会うときに仕事のやりがいを感じるという。相談者の方が「元気になりました」とよろず相談のカウンターに立ち寄ってくれることも多いそうだ。
この仕事のもう一つのやりがいは、「人生の深さを知ること」。日々の暮らしで、本当に大変で困難な場面に立ち会う経験は、そうあるものではない。「でも、相談という仕事を通して話を聞かせていただくことで、人の強さ、やさしさ、つながり合って生きていることを教えてもらっています」。