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レポート

2021/07/06

第6回日本がんサポーティブケア学会学術集会 Year in review 10より

がん患者のせん妄に関する最新知見

2019年に日本で初めて刊行したガイドラインの改訂作業が進行中

森下紀代美=医学ライター

 せん妄とは、身体の異常や薬物の作用などにより、意識障害が急性に発症し、変動する状態のこと。入院やICUへの入室、手術がせん妄のきっかけとなることもある。症状は、認知機能障害、注意力や思考力の低下、幻覚や妄想、不安、興奮など、さまざまである。

 2021年5月29日から6月30日までWEB形式で開催された第6回日本がんサポーティブケア学会学術集会の「Year in review 10」では、サイコオンコロジー部会による講演が行われた。その中から、日本サイコオンコロジー学会ガイドライン策定委員会のせん妄小委員会で委員を務める、名古屋市立大学病院緩和ケアセンターの長谷川貴昭氏の講演「せん妄に関する最新の知見 2021」を紹介する。


ガイドライン改訂の3つのポイント

 日本初となるがん患者のせん妄に関するガイドラインは、2019年に刊行された。日本サイコオンコロジー学会、日本がんサポーティブケア学会による「がん患者におけるせん妄ガイドライン 2019年版」である。来年2月の改訂版の発刊を目指し、現在作業が進められている。

 改訂のポイントは3つ。まず、既存のコンテンツをアップデートしたことである。2019年版の総論に最新の知見を反映するとともに、9つの臨床疑問も項目は維持しながら、新たに文献の系統的レビュー、批判的吟味を行い、最新の知見にアップデートしている。

 次のポイントは、新たに3つの臨床疑問を設定したことである。せん妄の予防の重要性はすでに十分認識されていると考えられることから、今回は臨床的な重要性に基づき、薬物療法による予防、非薬物療法による予防に関して推奨文を新設した。また、実臨床で経験的に使用されている抗うつ薬トラゾドンについて、せん妄の症状軽減に有用であるかどうか、推奨文を新設した。

 最後のポイントは、ガイドラインを臨床現場で活用するための「臨床の手引き」を新設したことである。

せん妄の発症が認知機能障害の発症に関連、予防の重要性が示される

 長谷川氏は、この数年間に発表されたせん妄に関する重要な知見から、5本の論文を紹介した。日本からの報告が多く含まれている。

 1本目は、せん妄の回復後の認知機能障害について。24本の観察研究を同定し、系統的レビューとメタ解析を行った結果が報告されている。研究は、せん妄を発症した患者と発症しなかった患者を比較し、長期的な認知機能の低下との関連を検討したものとされた(T. E. Goldberg, et al. JAMA Neurol. 2020;77:1373-81)。

 複数の研究の結果を統合したメタ解析から、せん妄の発症が長期的な認知機能障害の発症に有意に関連することが示唆された。周術期(手術前・手術中・手術後の一連の期間)の患者を対象とした研究、周術期ではない患者を対象とした研究のどちらにおいても、効果量は同程度となり、同様に関連することが示された。せん妄の発症により、認知機能障害は2.30倍起こりやすくなることも示された。

効果量:メタ解析で用いられる効果の程度を表す指標。

 この研究の注目すべきポイントは、「これまで長年にわたって議論されてきた、せん妄とその後の認知機能障害の因果関係について検討していること」と長谷川氏。せん妄の発症が認知機能を低下させるのか、それともせん妄を発症しやすい素因がある人で認知機能が経時的に低下していくのか、という議論である。

 この研究では、認知機能の低下がない患者を登録した研究、すでに認知機能が低下している患者を多数登録した研究のどちらも、効果量は同程度だった。さらに、登録時の認知機能障害の有無で補正すると、せん妄の発症が長期的な認知機能障害に影響することがよりはっきり示された。これらの点から、せん妄が認知機能を低下させるという因果関係に踏み込んだ研究となり、「せん妄の予防が重要であることが強く示唆された」と長谷川氏は話した。

漢方薬の抑肝散にせん妄の発症予防効果は認められず

 2本目の論文は、国立がん研究センター中央病院で行われた、漢方薬の抑肝散(ヨクカンサン)を検討したランダム化比較試験(RCT)である。抑肝散は、神経症や不眠症などに使用されている。この試験では、6時間以上の高度の侵襲を伴う手術を予定しているがん患者に対し、抑肝散を術前から4日以上、1日3回内服する群とプラセボを内服する群を比較し、抑肝散が術後せん妄の発症を予防するかを検討した(S. Wada, et al. J Pain Symptom Manage. 2021;61:71-80)。

 160人が登録された時点の中間解析において、試験は残念ながら無効中止となった。抑肝散が術後せん妄の予防や術前の不安を軽減する効果は認められず、推奨されないことがわかった。

 長谷川氏は「支持療法の領域において、プラセボ対照のRCTが日本から発表されたことは大きな成果と考えられる」とし、臨床で日々使われている、認知症の行動や心理症状に対する抑肝散の使用を否定するものではないことを強調した。

メラトニン受容体作動薬やオレキシン受容体拮抗薬でせん妄の発症率が低下する可能性

 3本目もせん妄の予防に関する知見である。睡眠薬や抗不安薬として使用されるベンゾジアゼピン系薬剤はせん妄の原因となることがあるが、近年、不眠症に使用されるメラトニン受容体作動薬やオレキシン受容体拮抗薬のせん妄予防効果が注目されている。

 せん妄のリスクが高い患者、または前夜にせん妄を発症した患者を対象に、メラトニン受容体作動薬のラメルテオンやオレキシン受容体拮抗薬のスボレキサントを投与し、せん妄の発症率が低下するかを臨床で観察した研究結果が日本から報告された(K. Hatta, et al. J Clin Psychiatry 2019;Dec 17;81(1):19m12865)。

 これら2剤を内服した患者の内服開始後7日間のせん妄の発症について、この2剤だけでなく抗精神病薬や抗うつ薬のトラゾドンも内服していない患者と比較した。その結果、ラメルテオンやスボレキサントを内服することにより、せん妄の起こりやすさは、ハイリスクの患者で0.48倍に低下し、前夜にせん妄を起こした患者では0.36倍に低下することが示された。

 長谷川氏は「がん以外の患者が対象に多く含まれていること、観察研究であることなど、交絡因子を考慮する必要はあるが、非常に有望なデータ」とコメントした。

交絡因子:調査の対象となる因子以外で、結果に影響する因子。

進行がん患者への抗精神病薬の使用はせん妄の改善と関連、ただし慎重な使用を

 4本目も日本からの報告で、緩和ケア領域において、せん妄に対する抗精神病薬を検討した大規模観察研究である。精神腫瘍科または緩和ケア病棟の進行がん患者756人を対象として、せん妄の重症度を抗精神病薬の投与前後で比較した(I. Maeda, et al. Gen Hosp Psychiatry 2020;67:35-41)。

 全対象では、せん妄の重症度が低下することが示された。状況により症状の変化が異なることもわかり、高齢者、PS(全身状態)が良い患者、予後が長いと予測される患者、過活動型せん妄の患者では、抗精神病薬の使用が有意にせん妄の改善と関連した。一方、年齢が若い患者、PSが不良な患者、予測される予後が短い患者では、抗精神病薬を使用してもせん妄は悪化することが示唆された。論文では、終末期がん患者に対しては、非薬物療法の併用とともに、抗精神薬は慎重に使用することを推奨するとされている。

過活動型せん妄:運動・活動性の増加や、不穏、徘徊などを伴うせん妄。

抗うつ薬のトラゾドンがせん妄を改善する可能性も

 最後は、緩和ケア領域におけるトラゾドンに関する報告である。4本目の大規模観察研究の副次解析で、全対象のうち、トラゾドンが使用されたせん妄を有する進行がん患者38人を対象としている(I. Maeda, et al. J Palliat Med. 2021;24:914-18)。

 全対象と比べると38人と一部の集団であり、高齢で、認知症の合併率が高く、予後が長いと予測される集団であるなどの選択バイアスがあり、また他の併用薬剤の影響も受ける集団であることも考慮する必要がある。しかし、トラゾドンの投与前と投与後3日目に、せん妄の診断に用いるスケール「DRS-R-98」の総スコアを比較すると、有意に改善し、重症度が低下していることが示唆された。睡眠覚醒リズムも改善していた。

 長谷川氏は「トラゾドンは臨床での使用感は良いが、エビデンスがなかったところに、観察研究ではあるものの、有効性を示唆する知見が追加された。この研究についても改訂されるガイドラインで扱い、トラゾドンが推奨されるかどうかを検討している」と話した。

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