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レポート

2020/12/22

第29回肺がん医療向上委員会より

保険診療となって1年が過ぎたがんゲノム医療でわかってきたこと、わからないこと

現状を踏まえた今後の取り組み

森下紀代美=医学ライター

 2019年6月に2つのがん遺伝子パネル検査が保険収載され、がんゲノム医療が保険診療で受けられるようになった。がん遺伝子パネル検査で一度に多数の遺伝子を調べ、その結果をエキスパートパネル(関係する分野の専門家で構成される委員会)が検討し、推奨される薬剤や治験など、一人ひとりの患者に合う治療法が検討される。その結果は主治医から患者に説明される。

 全国どこにいても、がんゲノム医療を受けられる体制を構築するため、がんゲノム医療中核拠点病院12カ所、がんゲノム医療拠点病院33カ所、がんゲノム医療連携病院161カ所が指定されている(2020年4月時点、厚生労働省ホームページより)。エキスパートパネルは、がんゲノム医療中核拠点病院12カ所、がんゲノム医療拠点病院33カ所の病院で設けられている。

 第29回肺がん医療向上委員会のウエブセミナーでは、国立がん研究センター中央病院先端医療科の小山隆文氏が「がんゲノム医療の現場から」と題した講演を行い、がんゲノム医療の現状、その現状を踏まえた課題とそれに対するアプローチについて解説した.。


臨床研究ではがんゲノム遺伝子検査から薬剤に到達する患者は13.3%

 小山氏はまず、がんゲノム医療の現状を紹介した。

 現在、保険診療で利用可能ながん遺伝子パネル検査には、「FoundationOne CDxがんゲノムプロファイル」(Foundation One CDx)と「OncoGuide NCCオンコパネル」(NCCオンコパネル)がある。これらの検査が受けられるのは、標準治療がない固形がんの人、局所進行または転移があり、標準治療が終了した(終了見込みを含む)固形がんの人とされている。

 2つのがん遺伝子パネル検査には違いもある。調べることができる遺伝子数は、FoundationOne CDx 324個、NCCオンコパネル114個で、小山氏は「全遺伝子は約2万と言われ、両遺伝子パネル検査ともに、臨床的に有望であろうというものをピックアップして見ている」と説明。また、FoundationOne CDxで調べるのは腫瘍組織だけであるのに対し、NCCオンコパネルでは腫瘍組織と末梢血を調べ、対照となる正常細胞も併せて見るものとなっている。

 NCCオンコパネルの基となった臨床研究が、国立がん研究センターのチームが行ったTOP-GEARプロジェクトである。研究の前半部分では、対象187人のうち、NCCオンコパネルで遺伝子変異が見つかり、何らかの薬剤に到達したのは25人(13.3%)となったことが報告されている(K. Sunami, et al. Cancer Sci.2019;110:1480-90)。

 その後、後半部分の解析も行われ、対象は計332人となり、何らかの薬剤に到達した患者は計57人(16.7%)となり、経過観察期間が長くなるのに伴い、薬剤への到達率は上昇した。57人に投与された薬剤をみると、最も多かったのは治験で、保険承認薬、適応外使用(すでに国内で承認されている薬を、承認された内容の範囲外で使うこと)が続いた。薬剤の作用機序でみると、分子標的薬のチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)が最も多かった。

実際の臨床で薬剤に到達できる割合は?

 がんゲノム遺伝子検査が保険診療で受けられるようになった今、多くの人が知りたいのは、臨床研究ではない実際の臨床の場、リアルワールドのデータだ。小山氏は、国立がん研究センター中央病院の臨床データを示した。

 がん遺伝子パネル検査が保険収載された後の2019年8月から2020年7月までに、同院でこの検査を行ったのは418人(男性214人、女性204人)、年齢中央値は57歳(範囲:3-86)で、40歳から75歳までの年齢層が多かった。検査をFoundationOne CDxで行ったのは151人、NCCオンコパネルで行ったのは267人となった。

 がんの種類で多かったのは、大腸がん(56人)、肉腫(45人)、肺がん(37人)、卵巣がん(33人)、膵がん(29人)などだった。臨床研究のTOP-GEARでは、肉腫などの希少がんが多かったが、保険診療に移行後は、大腸がんや肺がんなどの患者数が多いがんが増加し、他にもさまざまながんに行われており、満遍なく検査が行われていることがわかった。

 国立がん研究センター中央病院のエキスパートパネルで何らかの薬剤の提案があったのは、418人中188人(45.0%)だった。1人の患者に複数の提案がされたケースもあったが、勧められる治療法の中でエビデンスレベルが高いものでは、最も多かったのは治験(166人)、続いて保険承認薬(9人)、受け皿試験(治験の対象とならない患者の受け皿として、患者申出療法制度の中で治験薬や適応外使用で薬剤を投与する多施設共同研究)(8人)だった。

 エキスパートパネルで何らかの薬剤が提案され、実際に薬剤に到達した患者は418人中52人(12.4%)となった。TOP-GEARや米国のデータでは、薬剤への到達率は10%前半の値であり、実際の臨床の場でも、臨床研究と同程度に薬剤に到達することが示された。

 52人が到達した薬剤を作用機序でみると、分子標的薬が最も多く、次がニボルマブやペムブロリズマブなどの免疫チェックポイント阻害薬だった。実際に投与されたのは、治験が最も多く、保険承認薬、適応外使用、医師指導試験、受け皿試験が続いた。

 「がんの種類によって薬剤に到達する割合が違うのではないか?」という疑問も出てくる。418人の全てのがんでみると、何らかの薬剤に到達した患者は肺がんで最も多く、37人中11人、薬剤の提案が最も多かった大腸がんでは56人中5人だった。

2つのがん遺伝子パネル検査のどちらを選ぶ?

 保険診療で利用可能な2つのがん遺伝子パネル検査のうち、「どちらをその患者さんに選べばよいのか?」という課題も、現場の臨床医には重要である。検査に提出する際には、主治医がどちらかを選ぶ必要があるためだ。

 国立がん研究センター中央病院で検査が行われた418人のうち、NCCオンコパネルには267人、FoundationOne CDxには151人の検体が提出された。そのうち薬剤に到達したのは、NCCオンコパネルとFoundationOne CDxではほぼ差はなく、約12%であった。

 がん遺伝子パネル検査で遺伝子変異が特定された場合に、治療法を検討し推奨するのがエキスパートパネルであるが、「施設によりエキスパートパネルが提案する薬剤に差が出るのでは?」という懸念も生じる。

 小山氏らが、模擬症例でがんゲノム医療中核拠点病院12カ所のエキスパートパネルに検討してもらうと、提案される薬剤にはやはり差が出る結果となった。「今後、このエキスパートパネルの標準化を進める必要があり、現在その取り組みが進められている」(小山氏)。

検査を行う最適な時期、薬剤に到達するまでの時間は?

 次に小山氏は、がんゲノム医療の現状を踏まえた今後の課題について説明した。

 多くの臨床医が常に感じている疑問が「がん遺伝子パネル検査を実施する最適な時期はいつか?」である。

 現在、がん遺伝子パネル検査は、標準治療が終了した後に行う検査となっている。そのため、検査を提出してからエキスパートパネルが終わるまでの間に、患者の状態が悪化することが懸念される。そのリスクを国立がん研究センター中央病院の418人でみると、10人(2.4%)で状態が悪化し、死亡していた。この点を踏まえ、同院ではこのような症例が今後できるだけ発生しないよう、患者の状態をしっかり把握することを徹底しているという。

 「エキスパートパネルから薬剤に到達するまでの時間はどのくらいか?」も知りたいところである。薬剤が提案されても、患者の身体の状態があまりにも悪いと、その薬剤に対して身体の機能が持たない可能性がある。薬剤を投与するには、全身状態の指標であるPerformance Status(PS)で2以下(自分の身の回りのことがほとんどできる状態)で、骨髄機能、腎機能、肝機能などが保たれている必要がある。エキスパートパネルから薬剤に到達するまでの時間がわかれば、患者の身体の状態がどの程度安定していれば薬剤に到達する可能性があるかが予測できる。

 国立がん研究センター中央病院で、エキスパートパネル後に薬剤に到達した患者41人の検討では、中央値は65日(範囲:0-233)、60~90日が多かったが、10~20日で到達した患者もいた。早く薬剤に到達できるのは、提出するがん種に多い遺伝子変異とそれにマッチする治験を医師が予測しているような場合とみられる。また、200日を超えるような場合でも、経過観察期間が長くなると薬剤への到達率も上がってくる。これらのことから、がん遺伝子パネル検査に提出する時点で、ある程度患者の身体の状態が安定していることが必要になると考えられる。

薬剤への到達率を改善するための次のステップ

 がん遺伝子パネル検査の対象となるのは標準治療が終わった患者であることを考えると、やはり60~90日は長く、薬剤に到達する前に状態が悪化することが懸念される。

 そこで、もっと早い段階、初回化学療法を始める前にがん遺伝子パネル検査を行うことで、薬剤に到達できる可能性が高まるかを検証する臨床研究が行われている。国立がん研究センター中央病院と国立がん研究センター東病院が行っているUpfront NCC Oncopanelだ。

 対象とするのは、治癒切除不能または再発病変を有する6種の固形がんで、ドライバー遺伝子変異のない非小細胞肺がん、トリプルネガティブ乳がん、胃がん、大腸がん、膵がん、胆道がんが含まれる。PSは1以下で、今後標準治療が行える患者としている。先進医療を使って行い、希望する患者には、まずがん遺伝子パネル検査を行い、標準治療を行う。標準治療が終わった時には、保険診療でがん遺伝子パネル検査を行うことができる。希望しない患者には、通常の標準治療を行い、標準治療が終了した時に、保険診療でがん遺伝子パネル検査を行う。主要評価項目は、治療標的となる遺伝子異常(actionableな遺伝子異常)に対応する分子標的薬による治療を受ける患者の割合である。

 予定登録数は200人、登録期間は12カ月、登録終了後に24カ月の観察期間を設定しており、現在約半年が経過し、登録数は少しずつ増えているところだという。

 さらに、患者や家族の心理のように、これまでに得られたデータではわからない部分もある。がん遺伝子パネル検査を行うことで、患者と家族は何らかの薬剤や治療が提案されるのではないかと期待するが、実際の薬剤への到達率は10%前半にとどまる。期待していたような結果が得られない可能性があり、患者や家族には精神的なストレスが蓄積したり、がん遺伝子パネル検査の結果を待つ間にQOLが変わってしまったりすることが考えられる。

 そのため、国立がん研究センター中央病院では、がん遺伝子パネル検査を行う前後でQOLを評価する臨床研究Q-CAT(QOL for Cancer Genomics and Advanced Therapeutics)を行っている。

 目的の1つは、がん遺伝子パネル検査とその結果が、患者と家族の心理的苦痛およびQOLに及ぼす影響を検討することである。主要評価項目はうつ病を評価する質問票PHQ-9、副次的評価項目はQOLを評価するEORTC QLQ-C30など。医師の説明が患者や家族の満足度や精神的なストレスに関わっていたりする可能性、患者の検査に対する理解度が満足度に関わっている可能性も考慮し、独自に作成した10問の質問も行い、評価している。

 この研究では、がん遺伝子パネル検査を提出する前に、アンケート形式で患者から回答を得て、現在の心理状態を評価する。その後、検査結果の説明時、説明後3カ月、説明後6カ月の時点にも同様にアンケートから回答を得て、感情やQOLの変化をみる。

 研究期間は2020年5月から2021年4月までの1年間で、予定登録数は患者が300人、家族が192人で、半年が経過し、登録数は半数を超えている。2021年の秋頃には何らかの形で報告ができる見通しであるという。

 小山氏は「どのような説明文書がよいのか、また、がんゲノム医療中核拠点病院、がんゲノム医療拠点病院、がんゲノム医療連携病院において、がんゲノム医療コーディネイター、看護師、薬剤師、検査技師などがどのようにこのがんゲノム医療に関われば効率的に進められるかということも、提案できるようなデータになればと期待している」と話した。

 さらに、がん遺伝子パネル検査を行った後の薬剤候補は治験薬となることが多いため、治験薬の候補をいかに増やしていくかが、薬剤への到達率を上げるための1つのポイントとなる。

 抗がん薬の開発は、肺がんや大腸がんなど、それぞれの臓器に焦点を当てて行われてきた。しかし、2000年代初頭から、遺伝子変異や表面抗原などのバイオマーカーを中心とした薬剤開発にシフトしてきている。こうしたバイオマーカーを使うものには、1種類のがんで遺伝子変異の種類により、それにマッチした薬剤を投与するアンブレラ試験や、ある共通する遺伝子変異がある複数のがん種で同じ薬剤を投与するバスケット試験があり、最近では後者の試験デザインでの成功が見られるようになってきている。

 分子標的薬が登場するまでは、第1相試験で薬剤の毒性を評価し、第2相試験で薬剤の有効性を評価し、第3相試験では対象を増やして薬剤の有効性と安全性を評価する方法が典型的だった。ただし、この方法では保険承認までに長い時間がかかる。10年かかることもある。遺伝子変異などのバイオマーカーをターゲットとした、分子標的薬が開発の中心になると、第1相と第2相を組み合わせるなど、薬剤の開発期間が短縮されるようになり、ペムブロリズマブなどの免疫チェックポイント阻害薬では、巨大な第1相試験で第2相、小さな第3相までも含むような試験デザインになっているものも見受けられる。

 薬剤開発は今後グローバル化がますます進み、また第1相、第2相、第3相試験がシームレス化し、高速化していくことが予想される。がんゲノム医療で薬剤に到達する機会を減らさないためにも、さらには今後登場する保険承認薬を減らさないためにも、日本はこうした薬剤開発の波に乗り遅れないようにする必要があると小山氏は指摘した。

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