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レポート

2020/10/20

がんゲノム医療は早期治療につながる?リキッドバイオプシーで何ができる?

よりよいゲノム医療の実現へ患者の視点を生かす

中西美荷=医学ライター

 2019年6月、2つのがん遺伝子パネル検査が保険承認され、がんゲノム医療元年と呼ばれるようになった。このがんゲノム医療について、患者は今、どんな思いを持っているのだろうか。それを受け止める研究者は?
 2020年8月、国立がん研究センター東病院の主催、全国がん患者団体連合会の共催で「がんゲノム医療 リキッドバイオプシーを学ぼう、研究者と意見交換しよう」と題する患者参画(PPI)勉強会がWEB開催された。患者や家族、患者支援団体、そして市民が参画する形で、一緒に新しいゲノム医療の道筋を作っていこうとする取り組みのひとつだ。



患者参画ってどういうこと?

 患者参画(PPI)というのはPatient and Public Involvementの略で、“患者と市民の関与”を意味する。イギリスでは「患者・市民が研究者とパートナーシップを結びながら、研究の計画、デザイン、管理、評価、結果の普及に関わること」を指す用語とされている。

 医師や研究者は、一人ひとりの患者にもっとも適した治療を少しでも早く届けようと努力してきた。ただ、「実際に治療を受ける患者さんが望む治療は何なのかということに、もう少し注力すべきだったという反省を持っている」と、吉野孝之氏(国立がん研究センター東病院消化管内科長)はいう。

 今回の勉強会では、国立がん研究センター東病院の2人の医師の講演に続き、参加者が4つに分かれ、グループワークという形で「リキッドバイオプシーでこんなことができたら」というテーマで意見交換を行った。

 最初の講演として、谷口浩也氏(臨床研究支援部門トランスレーショナルリサーチ[TR]支援室/消化管内科)が、「がんゲノム医療のこれまでと私たちの取り組み」と題して、がんゲノム医療の現状や課題について概説した。

がんゲノム医療は検査と治療が揃って初めて実現

 “がんゲノム医療”という言葉は、英語で“プレシジョンメディシン”、あるいはそれを和訳して“精密治療”あるいは“的確治療”などと呼ばれる。人には2万を超える遺伝子があるが、がんは遺伝子の変化が蓄積することで発生するとされる。いくつかの遺伝子の変化は、がんだけに起こり、それによってがんが発生したり増殖したりする。

 従来の抗がん剤治療は、“がんの発生部位に応じた診断および治療”であった。肺に発生したがんは肺がん、大腸に発生したがんは大腸がんと呼び、経験やデータに基づいて、肺がんには肺がん、大腸がんには大腸がんに対する抗がん剤治療が行われる。抗がん剤として主に “殺細胞性抗がん薬”が用いられてきた。

 これに対して、抗がん剤治療という側面からみたがんゲノム医療とは、「個人個人のがんによって異なる遺伝子の変化を調べ、その遺伝子の変化に応じた薬剤(分子標的薬)を投与してがんと闘っていくことである」(谷口氏)。

 がんゲノム医療を行うためには、まず遺伝子の変化を捉える必要がある。従来、遺伝子の変化は1箇所あるいは2箇所しか同時に調べることができなかった。次世代シーケンサー(NGS)という、一度に100や200を超える遺伝子の変化を調べることができる機器が開発され、これががんゲノム医療の発展につながっている。

 ただ、遺伝子を調べて変化がみつかっても、その遺伝子の変化に応じた薬剤がなければ治療することはできない。がんの発生や増殖に関わるさまざまな遺伝子の変化に応じた治療薬の開発が必要である。検査と治療という、2つが揃ってはじめて、精密治療、がんゲノム医療が実現する。

診療としてのがん遺伝子パネル検査の課題

 遺伝子の変化を調べる検査としては、NGSを用いて100以上の遺伝子の変化を同時に調べることができる2つのがん遺伝子パネル検査、FoundationOne CDx (F1CDx)とOncoGuide NCCオンコパネル(NCCオンコパネル)が、2019年6月に保険診療として承認された。

 それから1年以上が経過したが、これらの検査を実施する上で、いくつかの課題がある。

 ひとつは、この検査が、がんゲノム医療「中核拠点病院」「拠点病院」「連携病院」という限られた病院でしか実施できないことである。加えて現時点では、標準治療がない、または標準治療が終了した、固形がんの患者に保険診療の対象が限られている。

 谷口氏は、「非常に役に立つ検査があっても、国民全体、がん患者全体に広げると、それだけ国民皆保険制度での医療費が上がってしまうことが背景にある」と説明した。

 またこの検査は、結果返却までに通常4〜6週間、中には8週間という時間がかかる場合もある。結果を待っている時間が長いために、実際の治療に結びつかない患者がいるのも事実である。

 さらに、がんゲノム医療が非常に話題となり注目を集めたことから、患者の期待も大きい一方で、現状では、検査により実際に治療に結びつく患者は約10%にとどまる。

 谷口氏によれば、こうした状況は、医師による検査推奨の温度差にもつながっている。これはもうひとつの課題ともいえる。

 これらの課題を解決するために、医師や研究者は、さまざまな取り組みを行っている。保険診療の対象が標準治療がない、あるいは標準治療後の患者に限られるという点に対しては、より幅広く検査をできるよう推奨する新たなガイドラインも各学会で作成されているという。

 たとえば大腸癌研究会では、個々の患者の病態を十分に考慮した上で、たとえば二次治療開始からその次の治療への移行時までに実施するといった、より早い段階での検査が望ましいとするステートメントを、国やメディアに向けて発信していく予定だという。

限られている治療薬、あっても使えない場合も

 検査における課題と並んで、「遺伝子の変異に対応する治療薬、そして有効と期待できる治療薬を使う手段が限られていること」(谷口氏)も、がんゲノム医療を実施する上で大きな課題である。

 たとえばHER2という遺伝子に変化があった場合、HER2に対する薬の有効性が期待され、すでに保険承認された薬剤もあるが、適応は胃がんと乳がんに限られている。大腸がんや膵臓がんなど、他のがんでHER2遺伝子の異常がみつかった場合には、この薬剤による保険診療は行えない。

 新たに開発された治療は、国による承認というお墨付きを得てはじめて保険診療となる。検査と治療が揃っても、それがともに保険承認されるまでは、実臨床における使用はハードルが高い。保険診療と保険外診療とを一緒に行うことが禁止されているためだ(混合診療の禁止)。

 ただし例外規定として、治験、先進医療、患者申出療養制度を使った場合には、混合診療が可能とされている。研究者らは、これらも利用しながら、保険診療に至っていない開発中の検査や治療を患者に届けるべく、臨床研究に取り組んでいる。谷口氏らが特に力を入れているのは、新たな治療が保険診療としての承認を得るための開発過程である治験だという。

“将来”だけでなく“目の前”の患者にも検査や治療を届けるために

 国立がん研究センターは、日本初の産学連携全国がんゲノムスクリーニングプロジェクトである「SCRUM-Japan」を研究基盤として、がんゲノム医療の発展に貢献してきた。

 がん遺伝子パネル検査を保険承認前から患者負担なしで提供し、結果に基づいて企業治験に紹介したり、医師主導治験を行うことにより、より多くの患者の治療選択肢を増やすための努力を続けている。多くの製薬企業が研究資金を提供しており、得られたデータは製薬企業とも共有して、将来の研究や薬事承認に活用される。

 谷口氏は、「診療は目の前の患者さんのために行うものだが、(治験を含む)研究は、基本的には将来の患者さんのために行うものだというところで棲み分けができている。ただわれわれとしては、研究であっても目の前の患者さんのためになる研究をしたい、できるだけ目の前の患者さんにも役に立つような研究をしていきたいということで取り組んでいる」と話した。

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