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レポート

2020/10/13

日本外科学会定期学術集会市民講座より

がんは手術でしか治せない、手術だけでは治せない

超高難度・高侵襲の手術に命をかける意義とは?

中西美荷=医学ライター

もっとも難しく危険な肝門部胆管がん手術

 “安全”で“確実”な手術をするのがもっとも難しいといわれるのが、胆道がんの手術である。胆汁の流れ道である胆道は、肝臓から始まり膵臓を貫いて十二指腸で終わる。ここに発生するのが胆道がんである。がんが発生した場所によって、肝内胆管がん、肝門部胆管がん、胆嚢がん、遠位胆管がん、十二指腸乳頭部がんと呼ばれるが、いずれも完治のためには手術が必要である。

 胆道がんの中で、病巣が肝門部(肝臓の入り口)に位置するのが、肝門部胆管がんだが、これを切除する手術はとても難しく、患者への負担が大きい。

 肝門部胆管がんはどうして手術が難しいのか? それは、肝門部が肝臓の根幹だからである。「肝臓の骨格は木に例えることができます。木の幹の根元に悪いものができたとして、それを切り取ってしまったら、木は全て枯れてしまいます。肝臓を生かしながら、がんを切除しなければならない。これが技術的に難しい理由です」と阿部氏は説明した。

 では、どうして体に負担が大きいのか? それは、肝臓が、なくなると生命を維持できない“重要臓器”のひとつだからである。胃や大腸など、それ以外の臓器は、切除による体の変化はあるものの、なくなっても生命を維持できないわけではない。

 重要臓器は、心、肺、腎、肝の4つで、このうち、がんが発生するのは肺、腎、肝である。肺と腎臓は2つあるため、一方を切除しても、もう一方は無傷である。しかし肝臓はひとつしかない。また、腎臓では人工透析のような代わりの医療があるが、肝臓にはそれもない。したがって、上手にがんをとって、残りの肝臓を生かす必要がある。

 こうしたことから、胆管がんの手術は、ほかのがんの手術よりも体に負担がかかることになる。その結果、手術死亡率(術後90日以内死亡率)がもっとも高い。たとえば胃(術式により1.3〜2.3%)や大腸がんの手術(術式により0.8%〜2.3%)では死亡率が3%以下であるのに対して、胆管がんの手術(肝門部胆管がんに対する肝切除を伴う胆管切除)は11.2%と極端に高い。

 胆管がんのもう1つの特徴は、全国の年間手術実施数が約1200件と、胃(約52000件)や大腸(約91000件)と比較して非常に少ないことである(Kakeji Y, et al., Ann Gastroenterol Surg 2017 Nov 23;2(1):37-54.、Kenjo A. et al., J Am Coll Surg. 2014 Mar;218(3):412-22)。

 このように胆管がんの手術リスクは大きいが、完治を目指す唯一の治療法であるため、患者にとっては、手術が受けられるかどうかがとても重要である。しかし実際には、手術不能と診断されることも多いという。

 阿部氏によれば理由は3つで、1つ目は、すでに進行して切除しきれないため(手遅れ)、2つ目は、難しい手術なので病院によっては手術できないと判断されるため(手術の技術的な理由)、3つ目は、大手術による手術死亡という最悪の結果を避けるために諦める(リスク回避)というものである。特に2つ目、3つ目の理由については、他のがんの手術にはあまりない、肝門部胆管がんの特徴だという。

手術に命を賭ける意義は?

 この病気を治療するには、病院側の治療に対する慣れが必要となる。治療を受ける目安の1つは、豊富な手術の実績である。阿部氏は、患者がそれを判断する目安として、専門学会が定める「ハイボリュームセンター(日本肝胆膵外科学会高難度修練施設)」を挙げた。

 専門医が常勤、難しい肝胆膵手術を30例/年以上、手術死亡率も許容範囲といった観点から、全国の手術実施施設の約5%にあたる200数十施設が、肝胆膵がん高難度施設として認定され、その実績を継続的に評価されている。

 ハイボリュームセンターでは、術後死亡率を全国の11.2%(2011年)から6.3%(2016年)にまで下げることができている。一方で、ハイボリュームセンターであっても、肝門部胆管がんについては、平均すると年間3.5人の手術しか行われていない(Kenjo A. et al., J Am Coll Surg. 2014 Mar;218(3):412-22.、日本肝胆膵外科学会手術調査報告書2016)。

 こうした難しい現状の中、慶應義塾大学病院は肝門部胆管がんの国内有数のハイボリュームセンターとして、現体制(2013年以降)での肝門部胆管がんの手術数は7年間で170例以上に及び、年間25例と国内屈指である。

 慶應義塾大学病院での手術の特徴は、肝移植と肝門部胆管がん手術の両立である。ふたつの手術には、“肝臓を切る”、“血管を再建する”、“小さな肝臓を生かす”といった多くの共通事項があるという。慶應義塾大学病院では、脳死肝移植についても国内トップの年間20例以上を実施している。

 慶應義塾大学病院における胆管がん手術患者は高齢患者が多く、平均年齢は72歳で、80歳以上が13.4%を占めている。また大部分が持病(糖尿病、心血管疾患、呼吸器疾患、腎疾患、肝疾患など)を持っている。そのため、手術を完璧にこなすことはもちろん、大きな負担のかかった体を総合的に治療する必要がある。

 阿部氏は、ここに「全ての診療科で世界レベルの治療ができる慶應義塾大学病院の強みが生かされる」という。過去170人という圧倒的な手術数の中、手術死亡率は0.6%(2013〜2019年)と最小限に抑えることができている。

 手術ができなかった胆管がん患者に対する抗がん剤治療では、2年生存率が10%未満と報告されている(ABC-02試験Valle J. et al., Engl J Med. 2010 Apr 8;362(14):1273-81)。2年間生存することが難しいということになるが、慶應義塾大学病院における術後の2年生存率は63%と高く、5年生存率も42%である。阿部氏は「命を賭けた手術の意義がここにある」とした。

 また慶應義塾大学病院は、国が指定した全国12のがんゲノム医療中核病院のひとつでもある。手術と組み合わせて高い完治率を目指すために、「患者さんのがん遺伝子情報に基づいて、一人ひとりにふさわしいがん治療を行う基盤を持ち合わせている」(阿部氏)。現在、慶應義塾大学病院では、胆管がん手術を受ける患者すべてに、がん遺伝子パネル検査を費用負担なしで実施しているという。

闇雲に病気を恐れず、がん、そして命と向き合う

 今回の講演で阿部氏は、これまでの切除限界を超えた世界初の胆管がん手術であるS3/4(門脈の分枝を元に8つの区域に分類した肝臓の区域の名前で、S3は左葉の内側区域、S4は左葉の外側区域)温存胆管がん手術の実際をビデオで紹介した。

 がんが通常の胆管がん手術の切除限界を大きく乗り越えており、他の大学病院で切除不能とされた1例である。従来の方法による切除では、がんが残ってしまうことがわかっていたが、切離ラインを新たに設定することで、がんが完全切除できると判断し、手術を計画したという。

 手術に先立ち、患者の大腿静脈を移植し、カテーテル治療で肝臓の血流を変更して肝臓への血流を確保することで、術後の肝不全対策を万全とした。これは「単なる血流再建だけではなく、肝切除後に胆管と小腸の吻合をするために、どうしても必要な独創的な手法だった」と阿部氏はいう。20時間の大手術となったが、手術は成功して十分な肝臓を残すことができ、患者は無事に退院した。

 阿部氏は最後に、「がんになった。そのショックは計り知れないものです。ですが皆さん、どうか闇雲に病気を恐れないでください。がんと向き合うとは、がんの治療を理解すること、それはまさに命と向き合うことです。時にがんの外科治療は命がけになります。まさに命と向き合う治療です。少しでも多くのがん患者さんが、それぞれの価値観のなかでしっかりとがんと向き合ってほしい。われわれはいつも、そのお手伝いができればと思っています」と話した。

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