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レポート

2019/10/01

第27回日本乳癌学会学術総会より

増加する妊娠期乳がん、その倫理的問題とは?

胎児のメリットとデメリットを誰が判断するのか

森下紀代美=医学ライター

 妊娠期乳がんとは、妊娠中から授乳期間を含む出産後1年以内に診断される乳がんのこと。近年、妊娠期乳がんが増加しており、背景には、妊娠・分娩が可能な年齢の女性で乳がんの罹患率が増加していることや、晩婚化・晩産化が進んでいることがあるとされる。
 7月に東京都で開催された第27回日本乳癌学会学術総会の日本乳癌学会・日本産科婦人科学会合同パネルディスカッション「乳がん専門医と生殖医療者 HRTと乳がんリスク 妊娠期の乳がんの倫理的問題」では、乳がん患者における妊孕性温存、妊娠期乳がんの倫理的な問題、更年期症状への対策やホルモン補充療法(HRT)の影響について、エキスパートが講演した。その様子を4回にわたり連載で紹介する。
 第4回は、聖路加国際病院女性総合診療部生殖医療センター医長の塩田恭子氏の講演「妊娠期乳癌の倫理的問題」から。


妊娠の時期によって乳がん治療の進め方は変わる

 講演の冒頭、塩田氏は「私は産婦人科医として、基本的に妊娠をして受診された方には、どんな病気であってもいい子を産んで帰っていただきたいと思っている」と話した。

 ただし、妊娠期乳がんでは、母体の生命を最優先とすることが原則となる。母体と胎児、どちらも救いたいが、どちらか一方をとらなければならないような状況になった場合、母体をとることになる。一方で、胎児にできるだけ害が少ない治療を選択する必要があり、妊娠のために検査や治療が遅れることは回避しなければならない。

 妊娠期に乳がんが判明した場合、まず決めなければならないのが、出産するか、妊娠中絶をするかである。「妊娠を継続して治療もする」、「妊娠中絶してしっかり治療したい」――その選択は患者によって異なるが、どちらも尊重されるものである。

 妊娠の継続を選んだ場合の乳がん治療について、塩田氏は3期に分けて説明した。妊娠初期にあたる第1三半期(13週まで)、妊娠中期にあたる第2三半期と妊娠後期にあたる第3三半期の初期(14週から34週)、第3三半期の後期(35週以降)に分け、それぞれの時期に乳がんと診断された場合についてである。

 まず第1三半期。妊娠初期に化学療法を行うことは難しい。胎児の奇形の可能性が懸念されるためだ。妊娠中絶も選択肢に含めて相談し、妊娠を継続しながら治療する選択をした場合は、最初に乳房切除術と腋窩リンパ節転移の評価を行い、14週以降に術後化学療法、分娩後に放射線療法、内分泌療法を行うことが考慮される。

 次に、第2三半期と第3三半期の初期には2つの方法が考えられる。まず、手術を先行する方法では、乳房切除術または乳房温存手術と腋窩リンパ節転移の評価を行い、その後、術後化学療法を行う。術後化学療法を4サイクル行う場合は途中で分娩が入る可能性があり、その際には化学療法による骨髄抑制に注意が必要だ。骨髄抑制は母体だけでなく、胎盤を通して胎児にも起こる。骨髄抑制は、分娩後に子どもの敗血症の原因となることがあるため、塩田氏らは、分娩の3週間前には化学療法を一時中止することとしている。術後化学療法の後、分娩後に放射線療法、内分泌療法が考慮される。

 この時期は14週を超えているため、化学療法を先行する方法もある。術前化学療法を行い、分娩後に乳房切除術または乳房温存手術と腋窩リンパ節転移の評価を行い、その後、放射線療法、内分泌療法が考慮される。

 最後に、第3三半期の後期、35週以降では分娩が近いため、分娩を待ってから治療を開始することが考えられる。ただし、治療の開始が急がれるような場合には、乳房切除術または乳房温存手術と腋窩リンパ節転移の評価を行い、分娩後に術後化学療法、その後に放射線療法、内分泌療法が考慮される。

妊娠中の化学療法や早産が子どもに及ぼす影響とは

 塩田氏らの施設では、これまでに妊娠期乳がんの患者82人に治療を行ってきた。病期ではStage IIが45.1%と最も多くなっている。その他に、妊娠期に乳がんが再発して治療を行った患者が2人いる。妊娠期乳がんの82人のサブタイプでは、ホルモン受容体陰性、HER2陰性のトリプルネガティブ乳がんが52.4%と最も多かった。

 82人に実際に行った治療の内訳は、手術のみが29人、化学療法のみが19人、手術と化学療法の両方が34人だった。化学療法は合計53人に行われ、そのほとんどがAC療法(ドキソルビシン+シクロホスファミド)だった。AC療法を4サイクル行い、まだ分娩までに期間があった患者では、その後にweeklyパクリタキセルの投与が行われたケースもあった。

 塩田氏はその中から一例を紹介した。患者は30代後半で、精神疾患で通院中の女性だった。妊娠が判明する約2カ月前から乳房に腫瘤を感じており、産科を受診した際に紹介された病院で、妊娠18週でIV期の乳がんと診断された。AC療法を4サイクル行った後、腹部手術の既往があることから、37週で帝王切開が行われた。子どもの体重は標準体重よりもかなり少なかった。

 妊娠期乳がんに対する化学療法は、第1三半期では胎児の奇形が懸念されるが、それ以降でも胎児に影響する可能性がある。第2三半期、第3三半期において、胎児死亡、早産、胎児の発育遅延、一過性の骨髄抑制は、それぞれ5%、5%、7%、4%の頻度で起こったことが報告されている(Lancet Oncol 2004;5:283-91)。塩田氏は、これらは2004年のデータであり、現状はもう少し変わっている可能性があるとしたうえで、前述の症例は第1三半期ではなかったものの、「化学療法により胎児の発育遅延が起こっていた可能性はある」とした。

 妊娠期のがんに対する化学療法では、母体のメリットと胎児のデメリットのバランスを考慮する必要がある。塩田氏が示した症例はIV期で、AC療法が有効だったが、治療が効かなかった場合やより重篤だった場合は、母体の生命が危ぶまれ、胎児の生命も危ぶまれることになる。また、乳がんから骨転移を起こした場合は、神経麻痺などが発生した状態で分娩をしなければならない状況も起こり得る。

 化学療法の他にも、胎児に与える影響として、早産も問題となる。データベースを用いて、妊娠週数別に新生児の予後を評価した日本の検討では、22週で生まれた子どもの死亡率は58.6%に上り、26週以降に一桁に減少し、32週で生まれた子どもでは0.9%となることが示された。さらに、3歳の時点で脳性麻痺を認めたのは、22週で生まれた子どもで24.1%、32週で生まれた子どもで2.5%だった。3歳の時点での酸素の使用や視覚障害も、妊娠週数が少ないほど多く認められた。また、その時点での発達を表す発達指数(発達年齢÷実年齢×100、平均は100前後)が70未満の子どもは、22週で生まれた場合は46.8%、32週で生まれた場合でも9.9%となっている(周産期医学 2016;46:915-20)。

 妊娠期乳がんでは、乳がんが進行した場合や母親が亡くなった場合に誰が子どもを育てるのか、分娩費用や乳がんの治療にかかる費用を誰が負担するのかなど、社会的な問題が生じる場合もある。患者本人が子どもを望んでも、妊娠を継続することが本当に正しいのか、誰が子どものメリットとデメリットを決めるのかなど、考えなければならない非常に難しい課題となっている。

 妊娠期乳がんでは、短期間にさまざまなことを選択し、決定していかなくてはならない。塩田氏は「腫瘍内科医だけでなく、乳腺外科医、産科医、小児科医、ソーシャルワーカー、看護師、地域の看護師などが一緒になって考えていくことが必要と考える」と話した。

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