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レポート

2019/9/3

日本がんサポーティブケア学会プレスセミナーより

がん患者に多い「せん妄」を知ってほしい

適切なケアで改善が可能

森下紀代美=医学ライター

 脳の機能不全により、多様な精神症状が起こる「せん妄」。がん患者では発症頻度が高く、さまざまな悪影響を及ぼすが、一般的な認知度は低く、医療者でも精神・心理が専門ではない場合には評価と対応が難しい病態である。
 日本サイコオンコロジー学会(JPOS)と日本がんサポーティブケア学会(JASCC)は、せん妄を広く知ってもらい、全国どこでも適切なケアが受けられるようにするため、その基盤として「がん患者におけるせん妄ガイドライン」を策定し、2019年2月に発刊した。サイコオンコロジーとは精神腫瘍学のことである。
 8月に東京都で開催された第4回日本がんサポーティブケア学会学術集会のプレスセミナーでは、同学会が研究・教育・診療指針の作成を進めているさまざまなテーマのうち、「がん悪液質」と「せん妄」に対する取り組みについて講演が行われた。
 紹介の2回目は、名古屋市立大学大学院医学研究科精神・認知・行動医学 病院准教授の奥山徹氏の講演「JPOS-JASCCせん妄ガイドライン JASCCサイコオンコロジー部会」から、がん患者のせん妄について。奥山氏は、同ガイドラインの策定において、統括委員会の委員長を務めている。


せん妄の頻度はがん患者で高い

 せん妄は、がん患者で頻度が高いことが知られている。せん妄の有病率は、一般病院の入院患者では約10~30%(Age and aging 2006;35(4):350-64)、入院しているがん患者では約17%(J Clin Oncol 2005;23(27):6712-8)、治療以外の目的で入院した65歳以上の進行がん患者の調査では約40%(Jpn J Clin Oncol 2015;45(10):934-40)だった。さらに、緩和ケア病棟に入院する患者では42%、死亡直前には88%に上ったことが報告されている(Arch Intern Med 2000;160(6):786-94)。

 せん妄を具体的にイメージできるよう、奥山氏は仮想の患者を示した。患者は70代の男性。認知症はなかった。直腸がんの手術から3年後に骨盤再発と肝転移をきたし、肛門部痛があり、医療用麻薬を開始することになった。用量を増やしても痛みがとれない状態の中、不眠、暴言、夜間の大声での独り言などの症状が現れた。主治医から紹介を受けた緩和ケアチームが診察すると、認知機能障害があり、自分が今どこにいるのかわからない、自分の暴言を覚えていないなどの状態を認めた。さらに家族の情報から、夜間には「みんなが悪さをする」「太鼓の音が聞こえる」などの幻覚や妄想のような症状があることもわかった。

 こうした状態はなぜ起こるのか。奥山氏は木をこころに例えて説明した。土の部分は「体」で、電解質異常、貧血、肝・腎障害、感染症、栄養障害、低酸素、薬物などの問題が起こると、これが原因となって木の根幹である「意識」が混濁してしまう。そのため、その上にある木の幹や枝、すなわち、さまざまな「こころの機能」が障害され、例えば「感情」では不安や抑うつ、恐怖、怒り、「記憶」では記銘力障害、「意欲」では興奮、意欲低下、活動性低下、「思考」では妄想、辻褄の合わない会話といった症状が現れる。このようなこころの症状が現れた状態をせん妄と呼ぶ。

 「せん妄は興奮状態で気がつかれることが多いが、さまざまな症状が現れるため、症状だけから診察することはできない。意識の混濁があることが基本であり、それとともに体で起こっている原因を同定することが大切」と奥山氏は話した。

せん妄は体の原因があって起こり、適切なケアで改善する

 せん妄は、入院患者であれば点滴を抜いてしまうなど、医療者側の観点から問題になることが多いが、患者や家族にとってもつらい体験となる。せん妄となったがん患者とその家族を対象とした米国の研究では、せん妄から回復した直後にせん妄の体験を思い出してもらい、苦痛の程度を調査した。その結果、54-74%の患者がせん妄となった状態のことを覚えており、介護にあたる家族も強い苦痛を感じていた(Psychosomatics 2002;43(3):183-94, Cancer 2009;115(9):2004-12)。

 せん妄がもたらす悪影響についても報告がある。がん患者を対象とした研究ではないが、集中治療室(ICU)に入室した患者のコホート研究42件を集めて行ったメタ解析では、1万6595人が対象となった。せん妄は患者の32%に発症し、せん妄があると死亡リスクが増加し、ICUの入室期間も延長し、退院時と退院後の認知機能障害のリスクも増加したことがわかった(BMJ 2015年6月3日オンライン版)。従来、せん妄は一過性で、回復すると考えられてきたが、長期的にも認知機能障害をきたす可能性が示された。

 このようにさまざまな悪影響があるにもかかわらず、せん妄は見逃されやすく、適切なケアが届かないことが課題となっている。その理由の1つは、高齢者に多く起こることである。せん妄と認知症が適切に区別されず、誤解されている場合がある。しかし、認知症と異なり、せん妄は適切なケアを行うことで改善が可能な病態である。

 別の理由は、がん罹患という状況下で生じるため、ストレス反応、気持ちの状態と誤解されやすいことである。奥山氏は「せん妄はストレスによって生じるものではなく、体の原因があって生じるもの。せん妄は、身体的な要因や薬物による意識混濁が本態であり、これらをきちんと同定して対応していくことが重要」と指摘した。

 もう1つの理由は、がん患者にせん妄が発症した場合、主治医である腫瘍内科医や病棟看護師などの一般の医療者、すなわち精神・心理の専門ではない医療者が初期対応をすることにある。海外からは、がん患者を対象とした検討ではないものの、約80%のせん妄が看護師に見逃されていたという報告もある(Arch Intern Med 2001;16(20):2467-73)。

がん患者でのエビデンスに基づくガイドラインを作成

 せん妄は、高齢者や手術後の患者にも多く認められ、そうした患者を対象としたガイドラインはすでに発刊されている。しかし、がん患者におけるせん妄のガイドラインはこれまでなかった。

 がん患者におけるせん妄ガイドラインが必要と考えられたのは、1つは、がん患者におけるせん妄の特性を踏まえる必要があるためだ。がん患者では、がん医療で多く使用されるオピオイドやステロイドなどの薬物や、高カルシウム血症や脳転移といったがんに伴う身体的問題が原因となり、せん妄を引き起こす場合がある。

 がん特有の疾患の軌跡もある。がんの終末期に現れるせん妄では、原因からの回復が難しく、その後患者は亡くなるというプロセスをたどる。このようなせん妄と手術後のせん妄では対応は異なる。疾患の特性をよく理解し、ケアをしていく必要がある。

 奥山氏は「がん患者におけるエビデンスを踏まえ、がん医療において適切なせん妄ケアの均てん化を図りたいと考え、ガイドラインを策定した」と話した。

 がん患者におけるせん妄ガイドラインは、全ての医療従事者を使用の対象者とし、内容にはせん妄の基礎知識から臨床疑問までが含まれている。臨床でよく出会う場面において、この時にはどうするかという臨床疑問では、せん妄の評価方法、診断方法、原因、薬物療法、オピオイドの変更、非薬物療法、終末期せん妄に対するアプローチ、家族が望むせん妄ケアを扱っている。このガイドラインは、系統的レビューと呼ばれる方法で、既存の論文を全て調べ、そのエビデンスに基づいて推奨が作成された後、外部評価を受けている。

 臨床疑問に対する推奨は、エビデンスの強さ(強、中、弱、とても弱い)、外的妥当性、益と害のバランス、価値観などを反映して決定された。外的妥当性とは、例えば終末期よりもかなり前の段階の患者が対象の研究から得られた結果を、終末期の患者に当てはめることができるかといった判断である。また、益と害のバランスとは、その治療は効果があったとするエビデンスが得られても、副作用が強い、費用がかかるといった面があれば、それらも併せて考慮することである。推奨の強さ(強く推奨する、弱く推奨する、提案する)は、これらの点を含めて評価されている。

系統的レビューを行い、推奨を決定

 奥山氏は、ガイドラインから臨床疑問を1つ紹介した。「せん妄を有するがん患者に対して、せん妄症状の軽減を目的として抗精神病薬を投与することは推奨されるか?」である。抗精神病薬とは、幻覚・妄想を抑える薬、統合失調症に使う薬を指す。

 この臨床疑問に対する推奨文は「せん妄を有するがん患者に対して、せん妄症状の軽減を目的として抗精神病薬を投与することを提案する」、推奨の強さは2(弱い)、エビデンスレベルはC(弱い)とされた。根拠が不足していることを理解したうえで、治療を行うことを提案するという内容となっている。

 この臨床疑問では、関連する論文として、無作為化比較試験(RCT)1件と前後比較試験(患者集団にある治療を行い、その前後で疾患の変化を観察する)4件が見つかった。

 このうちRCTは、オーストラリアとカナダの研究者が行ったもので、緩和ケアを受けている進行性で予後不良の患者(がん患者が88%)のせん妄に対し、抗精神病薬のハロペリドールとリスペリドンは、プラセボと比べて72時間後の評価でせん妄を悪化させることが示された。さらにプラセボと比べて、副作用である手の震えなどの錐体外路症状はハロペリドールとリスペリドンを使用した群で多く、生存期間はハロペリドール群で短かった(JAMA Intern Med 2017;177(1):34-42)。一方、前後比較試験4件では、対照の設定はないが、抗精神病薬でせん妄の改善がみられたことが報告されている。

 推奨は、このような系統的レビューを行った後に作成された。解説には、抗精神病薬の使用は一般的に行われており、国内外のガイドラインでも推奨されていること、がん患者でのエビデンスは、無効とするRCT1件、有効とする前後比較試験4件であったことが記載された。ただし、RCTでは終末期の患者の軽度から中等度のせん妄を対象としているため、がん患者一般を対象とする今回の臨床疑問に当てはめるには無理があると考えられ、エビデンスレベルを一段下げる必要があるとされた。解説では「抗精神病薬を投与することを提案する。ただし、終末期では特別な対応を要すると考えられることから、せん妄を有する終末期がん患者に対する抗精神病薬の投与については、慎重に検討する必要がある」と結んでいる。

次の課題も明らかに

 今後の課題もすでに見えてきている。まず、臨床疑問をさらに充実させていくことだ。最近では、予防に関する薬物療法や非薬物療法の研究が報告されつつある。また、薬の使用に対するリスクが高まる超高齢者や脆弱性が高い患者のせん妄を分けて扱う必要がある。

 実地臨床でのガイドラインの活用を助ける「臨床の手引き」を作成することも必要と考えられる。実際のがん医療の中で、臨床腫瘍医はせん妄に対しどの薬をどの位の量で始めればよいのか、中止できるのはどのような場合かなど、エビデンスだけでは説明できない部分もある。そうした部分を補い、また看護ケアのあり方なども広めていく必要がある。

 また、せん妄は病院内で多く認められることから、医療者の関心は高いものの、一般の人々には知られていないことが多い。うつ病はこの10年ほどの間に社会的に認識されるようになってきたが、せん妄はこれから社会的な認知を高めていく必要がある。

 最後に奥山氏は「日本サイコオンコロジー学会と日本がんサポーティブケア学会は、今後も連携し、コミュニケーションや気持ちのつらさに関するガイドラインを出版し、がん医療における適切なこころのケアの普及に貢献したいと考えている」と述べた。

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