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レポート

2019/9/10

第27回日本乳癌学会学術総会より

進展する若年乳がん患者の妊孕性温存療法

新たな方法が登場、地域で支える取り組みも始まる

森下紀代美=医学ライター

 がんの治療では、がんそのものに対する治療とともに、患者の年代によるさまざまな問題への対応が求められる。このうち小児、思春期・若年成人(Adolescent and Yong Adult, AYA)世代(0~39歳)の妊孕性温存については、乳がん患者を中心に、がんを治療する医師と生殖医療を行う医師が連携し、対策が検討され、進展してきている。
 7月に東京都で開催された第27回日本乳癌学会学術総会の日本乳癌学会・日本産科婦人科学会合同パネルディスカッション「乳がん専門医と生殖医療者 HRTと乳がんリスク 妊娠期の乳がんの倫理的問題」では、乳がん患者における妊孕性温存、妊娠期乳がんの倫理的な問題、更年期症状への対策やホルモン補充療法(HRT)の影響について、エキスパートが講演した。その様子を4回にわたり連載で紹介する。
 第1回は、聖マリアンナ医科大学産婦人科学教授の鈴木直氏の講演「若年乳癌患者に対する妊孕性温存療法に関する最新情報―がん・生殖医療の課題」から。


女性がん患者の妊孕性温存の基本となる3つの方法

 小児、AYA世代では、年齢の上昇に伴ってがんの内訳が変わり、20~30代の女性では乳がんと子宮頸がんが増加する(国立がん研究センターがん情報サービス がん登録・統計2018年)。女性のがん患者では、がんの治療に使用されるアルキル化薬などの化学療法薬や放射線照射により卵巣がダメージを受け、機能が低下し、妊孕性が失われてしまう場合がある。

 このような事態に備えて行われる女性の妊孕性温存の方法は3つある。「未受精卵子凍結」は、未婚または結婚を希望しない女性が主な対象となる。「受精卵凍結」は、パートナーがいる、または結婚している女性が対象だ。「卵巣組織凍結」は、腹腔鏡下手術で卵巣組織の一部を採取・凍結保存する方法で、小児または成人でがん治療の開始が急がれる場合などに行われる。

 ただし、未受精卵子凍結は、受精卵凍結と比べて凍結保存に弱いことがわかっている。精子が入った受精卵となることで、凍結に耐える力が高まる可能性が考えられている。生児獲得率(子どもが生まれる確率)は、未受精卵子凍結の場合、海外では2-4%、生殖医療の技術が高い日本では20-30%とされる。一方、受精卵凍結の場合は、日本で30-35%とされている。「残念ながら、将来、凍結保存した未受精卵子あるいは受精卵を用いた生殖医療を行っても、妊娠に至らないケースが少なくない。生殖医療の限界があることを理解していただきたい」と鈴木氏は話した。

 そのため、がんの治療を優先する中でも、治療開始までに時間の猶予がある場合は、卵子を少しでも多く採取し、保存しておくことが望ましい。卵巣にダメージを受けていない女性466人(平均年齢28.5歳)の検討では、生児獲得率が90%となる卵子の数は16個と報告された。ただし、この数は年齢の上昇とともに増加し、35歳未満では20個、39歳では45個となることも示されている(Human Reproduction 2017;32:853-59)。

 がんの治療後に妊娠することは、予後に影響しないことも報告されている。ホルモン受容体陽性乳がんの患者333人で検討が行われ、長期の観察(中央値7.2年)では、がんの治療後に妊娠した女性としなかった女性において、無再発生存率のハザード比は0.94、全生存率のハザード比は0.84となり、有意差はなかった(J Natl Cancer Inst 2018;110:426-29)。鈴木氏は「行うべき治療をきちんと完了していれば、妊娠することに大きな問題はないと考えられることがわかってきた」と説明した。

受精卵と未受精卵子の凍結保存に新たな方法が登場

 2018年、米国臨床腫瘍学会(ASCO)の妊孕性温存ガイドラインがアップデートされた。2013年版と比べて推奨に大きな変化はないが、受精卵と未受精卵子の凍結について、新たに2つの方法が推奨に追加された(J Clin Oncol 2018:36;1994-2001)。卵巣刺激のためのランダムスタート法と、内分泌療法薬のアロマターゼ阻害薬と卵巣刺激を併用する方法である。

 鈴木氏はこれら2つの方法と、同一の月経周期の中で2回卵巣を刺激して卵子を採取(採卵)するDouble stimulation(Duo Stim)法の3つの新たな方法について説明した。

 まず、ランダムスタート法についてである。卵巣の中には卵子の元となる原始卵胞があり、排卵の半年前に約500個が選ばれ、半年の間に数を減らし、月経周期には成熟した10個から数十個の卵胞が残り、その中の1個がさらに大きくなって成熟し、排卵に至ると考えられている。

 従来、採卵のための卵巣刺激は、1カ月の月経周期の中で、排卵前の卵胞期初期に合わせて行われてきた。しかし、月経周期の中に2-3回の排卵の「波(wave)」があることが報告された(Fertil Steril 2003;80:116-22)。これは、卵胞期でも、黄体期でも、月経周期の中のいつからでも卵巣刺激が行えることを意味する。卵胞期初期のタイミングを逃したとしても、次の月経周期まで待つ必要がないことから、がんの治療の開始までに時間がない女性に対し、妊孕性温存の新たな方法になるとされた(Fertil Steril 2013;100:1673-80)。

 乳がん患者89人で検討したところ、ランダムスタート法を行っても、乳がんの術前補助化学療法の開始を遅らせることなく妊孕性温存が可能だった(Human Reproduction 2017;32:2123-29)。乳がんを治療する医師と妊孕性温存を行う医師の連携が取れていれば、患者が紹介されたその日からでも、安全に妊孕性温存が開始できる可能性が示された。

 次に、アロマターゼ阻害薬と卵巣刺激を併用する方法について。ホルモン受容体陽性乳がんでは、卵巣刺激を行って採卵すると、ホルモンの濃度が上昇し、乳がんに悪影響を及ぼす可能性が懸念される。しかし、アロマターゼ阻害薬を卵巣刺激と併用することにより、ホルモンの濃度の上昇を抑えることができると考えられる。

 この方法でアロマターゼ阻害薬を使用しても、無再発生存率は変わらないことが報告されている。さらに多くの症例、乳がん患者131人(平均年齢41.5歳)を対象とした米国の検討では、生児獲得率は45%で米国の平均と変わらず、奇形は発生しなかったことがわかった。51.5%の女性は、成熟した受精卵から1人以上の生児が得られたことも報告された(J Clin Oncol 2015;33:2424-29)。

 もう1つがDuo Stim法で、1回の月経周期の中で卵巣刺激を行って採卵した後、続けて再度卵巣刺激を行って2回目の採卵をするという方法だ。がんの治療の開始まで1カ月しかない場合、この方法であれば2回採卵ができる。2014年に中国から報告され、1回目の採卵と2回目の採卵では、受精卵の生存率や臨床的な妊娠率に差はないことが示された(Reprod Biomed Online 2014;29:684-91)。

妊孕性温存を地域で支える取り組みが始まる

 卵巣組織凍結は、海外では小児、思春期世代に多く行われる妊孕性温存療法である。腹腔鏡下手術で卵巣組織の一部を小さく切り取り、凍結保存する方法だ。新しい技術のため、以前は研究段階とされていたが、欧州では2016年に「もはや研究段階ではない」とされた。米国では研究段階と位置付けられている。日本では、この技術を行う施設は、日本産科婦人科学会に登録されたART(生殖補助医療)実施登録施設であること、がんの治療を行っている施設内にあるART登録施設か、がんの治療を行っている施設と連携のできるART登録施設であることとされている。2019年5月の時点で、日本では102施設でこの卵巣組織凍結が行われている。全国の47都道府県のうち、まだ10の地域では行うことが認められておらず、地域間差が認められている。

 卵巣組織凍結保存は、日本では乳がんの患者に多く行われてきたが、今後は欧米と同様に、採卵ができない年齢の患者や、がん治療の開始までに時間的猶予がない疾患が多い、小児や思春期世代の患者にも適応が広がる可能性がある。

 一方、妊孕性温存にかかる費用負担も課題となっている。日本の若年性乳がん体験者のための患者支援団体、Pink Ringの調査によると、妊孕性温存には平均50万円が必要で、がんの治療前にこうした経済的負担がかかることから、妊孕性温存を選択できなかった患者もいるという。

 鈴木氏らは厚生労働省に対し、妊孕性温存が必要となる小児やAYA世代の患者に対する助成金を申請しているが、状況は厳しいのが現状だ。そうした中、47都道府県のうち、2016年に滋賀県、2017年に京都府、2018年には岐阜県、埼玉県、広島県、2019年には香川県、三重県、神奈川県の合計8の地域で、小児やAYA世代の男女のがん患者を対象に、がん治療前の妊孕性温存に対する助成金のサポートが開始された。

 最後に鈴木氏は「がん治療が何よりも優先される中、妊孕性温存療法では、乳腺科、腫瘍内科の医師、産婦人科や生殖医療を行う医師、看護師、心理士、薬剤師、相談員など、医療従事者全体で患者さんを守るシステムが必要。また、妊孕性温存が全てではなく、妊孕性温存を選ばないという選択もできるような意思決定のサポートも行えるよう、正確な情報提供が必要となる」と話した。

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