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レポート

2019/8/27

日本がんサポーティブケア学会プレスセミナーより

がん悪液質って何だろう?

がんによる『やせ』をどう克服するか

森下紀代美=医学ライター

 治療中に体重が減り、筋肉が落ち、歩けなくなる――がん患者は、こうした「がん悪液質」を経験することが少なくない。この状態はがんがあることによるもので、やむを得ないと考えられてきたため、これまで研究や治療の対象になることは少なかった。しかし近年、がん医療においてがん悪液質は重要と考えられるようになり、状況が変わりつつある。
 8月に東京都で開催された日本がんサポーティブケア学会(JASCC)第4回学術集会のプレスセミナーでは、同学会が研究・教育・診療指針の作成を進めているさまざまなテーマの中から、「がん悪液質」と「せん妄」に対する取り組みについて講演が行われた。その様子を2回に分けて紹介する。
 今回は、静岡県立静岡がんセンター呼吸器内科医長の内藤立暁氏の講演「がん悪液質とはどんな病気? ―がんによる『やせ』をどう克服するか」から。



がん悪液質が及ぼす影響とは?

 がん悪液質は、「通常の栄養サポートでは完全に回復することができず、進行性の機能障害に至る、骨格筋量の持続的な減少(脂肪量減少の有無を問わない)を特徴とする多因子性の症候群」と定義されている(Lancet Oncol. 2011;12(5):489-95)。内藤氏は「がんを持っているというだけで、ダイエットをしているわけでもないのに体重が減り、特に筋肉がやせて歩けなくなる状態」と説明した。

 体重減少は、胃全摘術後などにも起こる。胃全摘術後の患者では、空腹を感じても、消化吸収障害が発生しているために十分食べることができず、飢餓となるため、体重が減少する。一方、がん悪液質の患者では、空腹を感じなくなり、食べたとしてもエネルギー消費が亢進するため、体重が減少する。これら2つの病態は、1人の患者で混在している部分がある。

 がん医療において、悪液質が重要と考えられるのには理由がある。がん悪液質は、進行がん患者では初診時に約半数、終末期には80%に認められるとされ、身体的な活動状態や栄養状態、治療のリスクなどに関係する。これらは、患者にがんの治療を優先すべきか、それともサポーティブケア(支持医療)を優先すべきかを判断するうえで重要な要素となる。

 がん悪液質が及ぼす影響について、日本の前向き観察研究からの報告がある。この研究では、未治療の進行非小細胞肺がん(NSCLC)患者406人を対象として、がん治療前の体重減少の影響を検討したところ、体重減少の程度が大きいほど生存率が低下することがわかった(Support Care Cancer 2016;24:3473-80)。この結果について内藤氏は、「多くの薬が開発され、医療は進歩してきたが、いまだに体重減少という基本的な要素が生を左右していること、がん悪液質は未開の領域であることを間接的に示すもの」と話した。

 がん悪液質はその他にも、身体機能が低下する、要介護状態になりやすい、生活の質が低下する、抗がん剤治療に耐えられない、生存期間が短くなる中で入院期間が延長し、その結果、医療費がかかるといった悪影響を及ぼすことが、さまざまな研究から報告されている。

 また、がん悪液質の主な症状である食欲不振により、食べたくても食べられない患者と、食べさせたい家族の間に対立が生まれ、双方が食に関するストレスで苦しむこともある。

がん悪液質はエネルギー浪費の状態

 内藤氏は、がん悪液質について「一言で言うと、エネルギーの浪費の状態」と表現。通常、人の体はエネルギーの出納を絶妙にコントロールしている。しかし、がん悪液質では、がんから分泌されるさまざまな物質により、エネルギーを消費するスイッチがオンになり、常に燃やし続けてしまう代謝の状態になる。エネルギーの貯蓄としての脂肪を燃やすだけでなく、本来は燃やしてはいけない骨格筋も燃やしてしまうため、体重減少が起こる。

 このような状態は、がんから分泌される物質によるだけでなく、人の体ががんに対して免疫反応を起こし、放出される炎症性サイトカインがさまざまな臓器に作用することでも起こる。脳の食欲中枢に作用し、食欲を抑える方向に働くのもその1つだ。肝臓に作用し、エネルギーの備蓄を妨げることもある。体重減少や食欲不振にはこうした背景がある。

現状では標準治療が存在しない

 一般的に、がん悪液質はがんの終末期だけに起こると思われている。しかし、実際には、進行がん患者の半数以上は初診時にすでにがん悪液質である。それにもかかわらず、患者や家族、さらには医師も気づいていないことが多い。

 がん悪液質の診断基準は、欧州の研究グループにより、次のように定められている。(1)過去6カ月間に5%を超える体重減少、(2)2%を超える体重減少、かつBMIが20未満またはサルコペニア1)―のいずれかに該当する場合だ(Lancet Oncol 2011;12(5):489-95)。

 がん悪液質の3つのステージも、同じグループから提唱されている。過去6カ月間の体重減少が5%未満で食欲不振を認める「前悪液質」、そして冒頭に説明した「悪液質」、さらに進んだ状態の「不応性悪液質」である。不応性悪液質は、全身状態が不良であることを示すPS 3~4、抗がん剤治療に抵抗性を示す、余命が3カ月未満と予測される状態とされた。不応性悪液質の段階になると元に戻すことは難しく、前悪液質か悪液質の段階で見つけ、できるだけ早く集学的治療を行うことが重要とされる。ただし、さまざまな研究が行われているものの、早く見つけたとしても、いまだに標準治療が1つもないのが現状である。

1)サルコペニア:加齢により筋肉量が減少し、筋力が低下する状態。

期待される薬物療法

 現在、悪液質に対する薬剤の開発が行われている。その機序として注目されているのが、胃から分泌され、空腹のシグナルを脳に送って食欲を促進するホルモンのグレリンだ。日本の研究グループが発見し1999年に報告した(Nature 1999;402(6762):656-60)。グレリンはその他にも、成長ホルモンの分泌や骨格筋を増やす作用、抗炎症作用などもあり、がん悪液質の治療に応用できると考えられた。

 グレリンの受容体に作用する薬剤であるアナモレリンについて、約170人の日本人のNSCLC患者を対象とするランダム化比較試験(RCT)が行われた。この作用薬を投与した群では、対照群と比べて食欲が促進し、骨格筋が増加したことが示されている(Support Care Cancer 2016;24:3495-505, Cancer 2018;124(3):606-16)。

集学的な支持療法の臨床試験が進行中

 内藤氏らが行った高齢の進行肺がん患者60人の観察研究では、がんの診断から死亡に至るまでにどのような身体のイベントが起こっているかを調査した。診断時に、すでに半数の患者にがん悪液質があり、時間が経つほどその数は増加した。がん悪液質の発症から、約2カ月後以降に歩行障害が急増し、約7カ月後には筋力低下が起こり、その後に要介護状態となり、死期が訪れることがわかった(Asia Pac J Oncol Nurs. 2019;6:227-33)。

 これまでのがん医療は、生存期間をいかに延ばすかが焦点となり、研究が進められ、薬物療法が開発されてきた。しかし、死亡に至るまでにはさまざまなプロセスがあり、中でもがん悪液質は診断時から始まっていることがわかってきた。がん悪液質の治療では、抗がん薬治療だけでなく、栄養療法やリハビリ、社会支援など、集学的な支持療法が不可欠と考えられる。医師だけでなく、薬剤師、看護師、理学療法士、管理栄養士、作業療法士など、多職種の協力と連携が重要になる。

 内藤氏らは、がん悪液質の集学的支持医療を作るための研究を行っている。その1つがNETAC-TWO試験で、日本の約16施設から、70歳以上の進行膵がん・NSCLCの患者130人を登録し、抗がん薬治療のみを受ける群と、抗がん薬治療に加えてNEXTACという集学的医療を受ける群にランダムに割り付け、介護不要生存期間、すなわち健康寿命が延長できるかを検証する。患者登録が終了し、現在は追跡中であり、結果は2021年に報告される予定だ。

 NEXTACのNはNutrition(栄養)、EXはExercise(運動)を指す。栄養療法では、管理栄養士が各患者のカウンセリングを行い、必要な栄養量と摂取法を考える。例えば、がん治療の副作用で味覚障害や口内炎などが発生した時には、どのような調理法なら無理なく食べられるかなど、具体的に伝えていく。運動療法では、歩き続けるために必要な筋力トレーニングについて、自宅で継続できる方法を理学療法士が指導する。身体活動の介入は看護師が行い、通常の日常生活が維持できるよう、また無理なく歩数を維持・増加できる方法を一緒に考えていく。

 この試験で良好な結果が得られれば、こうした非薬物療法が標準治療となる可能性がある。内藤氏は、がん悪液質治療の将来像を「抗炎症、代謝改善、食欲改善のそれぞれに対する薬物療法に、栄養療法、運動療法などを併用することにより、身体機能と生活の質を維持・改善し、最終的には健康寿命を延長していくこと」とした。

 「延命するだけでなく、最後まで達者に生きるために必要なもの、それががん悪液質の集学的支持医療ではないか」。そう話して、内藤氏は講演を締めくくった。

 なお、「がん悪液質ハンドブック―『がん悪液質:機序と治療の進歩』を臨床に役立てるために」は、日本がんサポーティブケア学会のホームページから無料でダウンロードできる。

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