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レポート

2019/2/12

「笑い」で気分が改善、痛みと認知機能も向上

働く世代こそ笑いを楽しんで元気になることが大事

八倉巻尚子=医学ライター

 落語や漫才で「笑い」を楽しむと、がん患者の気分やQOL(生活の質)にどのような影響があるだろうか。大阪国際がんセンターでは2年前から、「笑いとがん医療の実証研究」を行っている。研究を主導する同センターがん対策センター所長の宮代勲氏に、研究内容とこれまでの成果を聞いた。


なぜ「笑い」の研究をしたのか

 大阪国際がんセンター(旧称、大阪府立成人病センター)では以前から患者サービスの一環として、オーケストラ奏者を招いての音楽会の開催や絵画の展示などを行っていた。新築移転を契機に病院長の発案で「大阪ならではの、“お笑い”も取り入れる」ことが企画されたが、イベントとして行うだけでなく、臨床研究を組み合わせられないかということになった。臨床研究として行うことで、当日来ることができない多くのがん患者さんやサバイバーの方々にも何かメッセージを出せるとの考えから、宮代氏を中心に、「笑いとがん医療の実証研究」プロジェクトが立ち上がり、2016年末から準備が始まった。だが臨床研究として行うこととイベントとして楽しんでもらうこととのバランスには苦労したという。

笑いの機会があることの効果を働く世代を対象に調査

 これまでも「笑い」が病気や健康にどのように影響するかを調べた研究はあった。しかしほとんどが1回だけの「笑い」で、定期的に「笑い」を楽しむことの効果を見たものはなく、また少数例を対象とした研究が多かった。

 「笑いとがん医療の実証研究」では、松竹芸能、米朝事務所、吉本興業の協力で、落語や漫才といった「笑い」をがん患者にライブで楽しんでもらい、それが気分やQOLにどう影響するかを調べた。笑いのライブは、同センターのある大阪市中央区大手前(おおてまえ)地区にちなんで「わろてまえ劇場」と名付けられ、同センター内のホールで2017年5月から2週間ごとに全8回開催された。40歳以上65歳未満のがん患者60人を、前半の4回のみを楽しむ群(A群)と後半の4回のみを楽しむ群(B群)に無作為に分けた。無作為割付を除けば臨床研究に参加してもいいという人は8回すべてを楽しむ群(C群)とした。試験への参加は乳がん患者が半数を占め、そのほか胃がん、大腸がん、肺がんなどの患者だった。40歳以上65歳未満という「働く世代」を対象にしたことも、この研究の特徴だ。

 「笑い」によるポジティブな感情は、免疫機能や自己効力感(物事や自分への期待感)、さらにQOLに良い影響をもたらすことが予想される。そのため試験では主観的な項目としてQOLスコアと一時的気分尺度、客観的な項目として血液検査を行って免疫機能を調べた。

「笑い」で緊張、抑うつ、怒り、混乱、疲労、活気が改善

 一時的気分尺度は、「笑い」を楽しむ前後で、緊張、抑うつ、怒り、混乱、疲労、活気の6つの因子について質問票を使って調べられた。その結果、「笑い」の前に比べて「笑い」の後では6つの因子すべてが改善していた。患者さんへの個別インタビューでも、「笑い」の後は気分が変わって、家に帰ってもいろいろなことをやる気になったと話していたという。

 QOLは、がん患者のQOL評価に用いられる質問票(EORTC QLQ-C30)を使って調べられた。試験開始前のスコアと比較したところ、前半4回の期間は「笑い」を楽しんでいないB群と比べて、「笑い」を楽しんだA群では、2回の「笑い」の後には痛みの症状が改善し、4回の「笑い」の後では認知機能が向上していた。

 また、免疫のはたらきを調べるため、血液中の免疫細胞の種類と数、免疫物質の産出能力が解析された。免疫物質とは、免疫細胞に刺激物質を入れて、免疫応答として免疫細胞から出される物質のこと。その結果、「免疫を高める」物質であるインターロイキン-12Bの産生能力が、前半4回の「笑い」を楽しんだA群では高くなっていた。がん細胞を攻撃するナチュラルキラー(NK)細胞の増加は有意ではなかったが、「笑い」で1.3倍に増える例が見られた。

2018年には「笑い」の定量化と心拍数の測定も追加

 現在、がん患者でのQOLや免疫検査の結果の論文化が進められており、さらにその他の解析も行われる予定だ。この研究では、がん患者に日常的に接している看護師など、医療従事者も対象に行われており、自己効力感などで興味ある結果が得られているようだ。

 一方で、この研究にはいくつかの弱点がある。研究参加者の負担を考慮し、採血は「笑い」の実施前と、4回目および8回目の「笑い」の後のみに行われた。そのため免疫機能の結果として、1回だけの「笑い」の効果と継続的な効果とを厳密に分けることが難しいという。

 またそもそも臨床試験は条件の良い人を対象とするといったバイアスがかかることは知られている。この研究も「笑い」が好きな元気な患者が集まった可能性がある。そのため試験の立案段階では、「実施前に気分やQOLなどを測定し、数値が低い人を対象にしたらいいのではないかという意見もあった。研究としてはそのほうが結果を出しやすいかもしれないが、イベントの主旨とは異なってしまうため、患者さんをあまり限定することはしなかった」と宮代氏は話す。

 なお、この研究で「笑い」による気分への効果が見られたが、「印象としては、毎回リセットされていた」。つまり「笑い」を楽しんで気分が改善しても、その状態は2週間後までは続かないようだ。

 これらの結果を踏まえ、「笑いとがん医療の実証研究II」として、2018年12月に開催間隔を2週間から10日に短縮して、「わろてまえ劇場」を2回開催した。がん患者60人を「笑い」を楽しむ群(A群)とその機会がない群(B群)に無作為に分け、毎回の「笑い」の前後でQOL調査と血液検査を行った。これはQOLと免疫機能への影響の再現性を調べるためだ。さらに、免疫機能に関連する遺伝子の解析や、企業の協力で撮影データによる「笑い」の定量化、心拍数の測定も行っている。

働く世代こそ「笑い」を楽しんで

 治療でがんが治る人は増えているが、サバイバーになってからの期間は長く、特に働く世代のがん患者は仕事や家庭について悩みは多い。そのため「治療が落ち着いたあとも大事だ」と宮代氏は言う。「一所懸命やっているが、どうしていいかわからない場合もある。「笑い」でがんが治るとはいえないが、「笑い」を楽しむ機会があると、ずいぶん違いますよという結果が出れば、本人も家族も、社会としても、がんを受け入れやすくなるのではないか」と話した。

 またこの研究では医療従事者も対象にしている。「がん患者さんに接する医療従事者が心も体も疲れてしまっては良くない。もちろん気分や体調の浮き沈みはあるだろうが、医療従事者も元気になる機会があることは大事だと思う」と宮代氏は述べた。

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