スルファサラジンを元により望ましい新薬を開発
佐谷氏らは、スルファサラジンを用いた臨床試験だけでなく、より副作用が少なく高い効果を持つ新規薬剤の開発にも取り組んでいる。この研究では、「汎用ヒト型ロボット」を用いることにより、たくさんの物質の中から正確かつ効率的に目指す物質を選別する(スクリーニング)ことが可能となっており、すでにスルファサラジンと同じような効果を持つ新たな薬剤が見つかってきているという。
もうひとつの取り組みは、スルファサラジンを元に、より望ましい新薬を開発することである。スルファサラジンは水溶性が低く、飲み薬として用いられてきた。従来の潰瘍性大腸炎あるいは関節リウマチに対する薬剤としては問題なかったが、腸内で分解されると、がん幹細胞を攻撃するために重要な「xCT阻害作用」も失われてしまうという問題があった。
スルファサラジン(SSZ)の水溶性を高める研究は東京工業大学との共同で進められ、ポリエチレングリコール(PEG)という物質を結合させたSSZ-PEGという新たな物質の合成に成功した。水溶性の高いSSZ-PEGは、経静脈投与や局所注入(注射)が可能で、消化管での分解を受けないためxCT阻害作用が維持されることに加えて、高分子化されたことによりEPR効果(高分子薬剤が腫瘍に集積する特性)が得られ、がんの中にとどまる効率(腫瘍組織内停滞効率)も高くなったという。
スルファサラジンとは異なる新薬の誕生である。慶應大学と東京工業大学が2016年に特許を共同出願したことによって製薬企業も興味を示すようになり、今、できるだけ早く臨床応用できるように、開発を進めているところだという。
佐谷氏は「がんを予防するためには、がん幹細胞の形成を予防する必要がある。不可抗力のがんもあるが、生活習慣病から起こるがんもあり、生活あるいは自分の体を整えることによって、がん幹細胞の形成を予防することも可能であることを覚えておいていただきたい。また、がん幹細胞は通常のがん細胞の大もとになる細胞で治療に対する抵抗性が高いため、根治を目指すためにはがん幹細胞の駆逐を目標とした治療を行うべきであることも、知識として持っておいて欲しい」と話した。
今回、佐谷氏が紹介したのは、がん細胞中の活性酸素の低下を防ぐことで、がん幹細胞を駆逐しようとする治療法である。しかし世の中には、活性酸素を除去してがんや老化を防ぐことをうたったサプリメントも売られている。活性酸素は善玉か、それとも悪玉なのだろうか?
酸素が体内に入り細胞を通るとエネルギーに変わり、そこから活性酸素が発生する。佐谷氏は、「ガソリンを入れると排気ガスが出るのに似て、活性酸素は体内で毒素として働いてDNA、タンパク質や脂質を酸化して細胞を障害する。一方で、活性酸素は外から入ってくる細菌を除去したり、その毒素によってがん細胞を殺すという側面も持っている」と説明した。どこに、どのような状況で存在するのかによって、活性酸素は善玉にも悪玉にもなりうるのだ。
佐谷氏は「がん患者さんが活性酸素を除去するサプリメントを飲むことが、いいことか悪いことかというのは難しい話だ。活性酸素を除去することが全て善ではないことも念頭において、バランスのとれた生活をしていただければと思う」と述べて講演を終えた。