2018/06/20
トリプルネガティブ乳癌の治療には適切な緩和治療と再生検が大切
トリプルネガティブのステージIV期あるいは再発乳癌に対する治療は、「第1弾」として、アンスラサイクリン系薬剤、タキサン系薬剤、フッ化ピリミジン系薬剤(通常TS-1)のいずれかを使用する。「第2弾」はアンスラサイクリン系薬剤、タキサン系薬剤のうち使用していない薬剤、「第3弾」はエリブリン、「第4弾」はまだ使用していない薬(ゲムシタビン、ビノレルビン、フッ化ピリミジン系薬剤など)が使われる。
これらの治療中で大切なことは、適切な緩和治療を受けることであるという。息苦しさや痛みなどのつらい症状があるときは緩和治療について相談する必要がある。「患者さんやご家族に緩和治療のことを話すと、嫌な顔をされるが、緩和治療は最後の医療ということではない」と松本氏。乳癌ではないが、非小細胞肺癌患者を対象とした研究で、「治療の最初から緩和治療の医師とタッグを組んで、アドバイスを受けながら行った治療は長生きにつながっている」(Temel J. et a. N Engl J Med 2010;363)。緩和治療には延命効果があるともいえ、「新薬1つ分くらいのパワーが緩和治療にはある」と話した。
また、トリプルネガティブ乳癌では特に、再発時だけでなく状況に応じて再生検が必要であると話した。治療開始前にはなかったはずのホルモン受容体やHER2過剰発現が途中で認められる場合もあるからだ。そういうケースは「全体の数%」だが、再生検でそれらが見つかれば、治療の選択肢が増える可能性がある。
転移性乳癌の治療には新しいタイプの薬が登場
トリプルネガティブ乳癌の治療にいま期待されているのが、PARP阻害薬という「遺伝子の修理を邪魔する薬」(松本氏)である。人の体は紫外線やたばこの煙など、さまざまな刺激にさらされて、遺伝子は傷がつくが、それを修理する仕組みがある。PARP阻害薬はそれを邪魔することで、癌細胞を自滅させる。また「生まれつき遺伝子の修復がとどこおりがちな、ジャームライン(生殖細胞系列:遺伝的に受け継がれていく)BRCA変異のある患者さんの一部に、この薬がよく効くことがある」。
つまり人の体はBRCAとPARP という2種類の遺伝子修復機構を持っている。BRCAに変異があり働きが弱い細胞は傷ついた遺伝子の修復がとどこおり癌になりやすいが、PARP阻害薬はBRCAが働かない癌細胞のもう1つの修復機構も働かなくしてしまうことで、癌細胞を死滅させる(合成致死という)。
そこでPARP阻害薬の1つであるオラパリブの臨床試験が行われた(OlympiAD試験)。ジャームラインBRCA1またはBRCA2遺伝子変異をもつHER2陰性転移性乳癌で、転移癌に対する化学療法は2回までの患者を対象に、オラパリブと化学療法(カペシタビン、エリブリン、ビノレルビンのいずれか)が比較された。
その結果、オラパリブ群では6割の患者で癌が縮小したのに対し、化学療法群では3割だった(ASCO2017)。またオラパリブ群のほうが癌の進行を3カ月長く抑制することも示された。ただし、全生存期間については今のところ統計学的に有意な延長は示されていない。なお同じ系統の薬であるtalazoparib(タラゾパリブ)でも、癌の縮小が見られ、癌の進行も遅らせることが報告されている(SABCS2017)。
オラパリブにおける代表的な副作用は、吐き気・嘔吐、だるさ、骨髄抑制である。吐き気が起こった患者の割合は約60%、嘔吐は30%だが、どちらも重度の副作用(グレード3以上)はまれで2%未満であり、だるさの頻度は30%、グレード3以上は3%である。骨髄抑制による貧血は40%、好中球減少は約30%で、重度の副作用(グレード3/4)では貧血が15%、好中球減少は10%の患者で認められた。「日常生活に支障が出るほどになる人はまれ」で、いずれの副作用も比較的軽く、投与を休止した患者は35%、投与量を減らした患者は25%だが、投与を中止した患者は5%と少なかった。またQOLは化学療法に比べて良く、長く保たれていた。
では、オラパリブはいつ使うことを考えるか。答えはオラパリブが承認される根拠となった「OlympiAD試験と同じ状況」、つまり、一般的には「第3弾」のエリブリンあるいはカペシタビンの投与を検討する場面だという。例えば、周術期でアンスラサイクリン系薬剤、タキサン系薬剤を使った人では再発後すぐに使うことを考える。また診断したときにステージIV期で化学療法を2回行った後や、術後化学療法を行い、再発後に化学療法を1回行った後に、オラパリブの投与を考えるといった具合だ。
オラパリブを使うには、事前にジャームラインBRCA変異が確認されている必要があり、2018年5月にオラパリブ治療のためのBRCA検査が保険適用となった。ただし、BRCA検査の前には検査のメリットとデメリットを知ることも重要で、松本氏の施設では検査に先立ち、遺伝外来において、疫学的な話や遺伝の基本的な知識、さらに遺伝子検査をしても「不確定変異が存在する」ことなどを話しているという。「もしトリプルネガティブ乳癌でその適応になりえるかもしれないと思った方は、“日本HBOCコンソーシアム”を検索して、情報を入手してはどうか」と話した。
なおPARP阻害薬はオラパリブ以外にも4剤が開発されており、rucaparib(ルカパリブ)とtalazoparib(タラゾパリブ)は日本でも第I相試験が始まっている。