温存手術を選んでも温存されない
乳がんの手術は1980年初期までは、胸筋合併乳房切除手術(ハルステッド手術)が主流だった。この手術は、乳がんが腫瘍組織から徐々に全身に広がるというハルステッド理論に基づいて編み出されたもので、術後の患者は胸筋も切除した結果、肋骨が浮き出た状態となり、温泉に行くことを躊躇するなどの苦悩のエピソードが良く知られている。80年代後半からは胸筋を残す胸筋温存切除術が普及したが、それでも乳房喪失の悲哀は患者を苦しめ続けた。90年代に入ると急速に増えてきたのが、乳房温存術で乳がんの患者団体が率先して、その意義を強調したこともあって、現在の乳がん切除術の主流となった。
しかし、現在、乳房温存術は、2つの理由から転機を迎えている。1つは、温存を選択することによって局所再発率の増大がどうしても避けられないこと。そこで、最近では乳房温存術が行われる割合は頭打ち、もしくは減少する方向にあり、全乳腺切除への回帰傾向も表れている。もう1つは、「温存」という言葉から患者がイメージするほどには、手術前の形を保つことが難しいためだ。つまり、乳房温存術によって「乳房の形が変わらない」と考えるのは誤解といえる。
そこで、出番とされたのが乳房再建術だ。
乳房インプラントが保険収載へ
乳房再建術には最近、大きなトピックスがある。昨年9月に薬事承認された乳房インプラント(シリコンゲル充填人工乳房)が、乳房再建の用途に限って年内に保険適用されることが決まったことだ。
現在の乳房再建には、腹部の脂肪組織を乳房に移植する自家組織移植が普及している(参考:写真2)。しかし、形成外科医であっても難しい手術で連度の高い医師が不足している。「インプラントは自家組織移植した場合に比べ、痛みを訴える患者がいるなどの課題はあるが、自家組織手術を補完する手技になる」と大慈弥氏はいう。
写真2)乳房再建症例(写真提供:大慈弥氏)。左は術前デザイン、右は術後2年を経過した姿(自家組織移植による)