国立がん研究センターと日経BPは、このほど、「働く世代」を対象としたがんとその対策に関する情報提供を開始した(情報提供サイトはこちら)。今なぜ「働く世代」へのがんの情報提供なのか、国立がん研究センターがん対策情報センターのセンター長である若尾文彦氏に聞いた。
──「働く世代」、つまり20~50歳代に向けたがんに関する情報提供が重要だと訴えておられますが、その背景をお聞かせください。
国立がん研究センターがん対策情報センター・センター長の若尾文彦氏
若尾 最近、がんが増えている、と言われますが、それは、日本では高齢化が進んでおり、それに伴って高齢のがん患者も増えていることが大きな要因です。乳がんなど一部のがんを除き、「働く世代」、20~50歳代におけるがんの罹患率が、近年になって急激に増加しているというわけではありません。
しかし、近年、患者本人に対するがんの告知や、家族や知人など周囲の人にがんであることを話すケースは増えてきています。また、治療や検査機器の進歩により、より早期にがんを発見することができるようになりましたし、より低侵襲に外科手術を行うことができるようになりました。また、薬物治療についても、以前よりもがんを抑える効果(抗腫瘍効果)は高くなっています。
つい最近まで、がんに罹患してしまったら、仕事は辞めて治療に専念するのが普通と考えられてきましたが、今は、がんを患ったものの、治療を行いながら社会復帰を希望される方が増えてきているのです。むしろ、がんを患った方ほど、社会に復帰し、以前と同様に働きたい、あるいは社会に貢献したいという気持ちを強く持つ方が多いようです。
がんになってしまったからといってその人の考え方が変わってしまうわけではありません。患者本人も、以前と変わらない自分で社会の一員として活動したいと思っています。ですから、がん患者だからといって特別扱いする必要はありませんし、今までと変わらない接し方をすればよいのです。
しかし、手術によって臓器を切除された方は、例えば胃をすべて切除された方は以前と同じような食事の仕方はできないでしょうし、以前と同様の運動、あるいは身体を動かすことが難しい、など、治療前と全く同じではないかもしれません。化学療法を行いながら社会復帰された方は、通院のために定期的に会社を休む必要がありますし、時には治療の副作用で体調が不良なときがあったり、倦怠感を感じてしまったりすることがあります。
こうしたときに大切なのは、周囲の人間の配慮です。家族や職場の同僚として、日常生活のちょっとした変更やサポート、会社業務の調整やサポートなどにより、本人の復帰はずいぶんと違ったものになります。また、会社であれば、働き方や職場環境について十分に話をする場を持つことも有効だと思います。
──規模の大きい会社であれば業務の調整や必要に応じて異動などによる対応もできるのではないかと思いますが、そういった対応が難しい会社も多いのではないでしょうか。
若尾 確かに、会社でとても重要なポジションに付いている、あるいは人手が不足していてぎりぎりの人員で業務を行っている、などそれぞれの会社ごとの事情により、定期的あるいは不定期に休みを取ることが難しい職場、労働環境を整えることが難しい職場があるかもしれません。会社の規模がそれほど大きくない場合、その傾向は強いでしょう。
この問題は非常に難しいものです。では、こうした患者が在籍している企業に対し、何らかの公的な“補助”を設けられるかというと、それも現実的ではありません。今後、社会にがん治療を受けて社会復帰した方が多くなることを踏まえ、社会全体で議論を重ねていく必要があります。
それには、なによりまず多くの方に、がんとはどんな病気か、ということだけでなく、がんの治療はどんな風に進んでいくのか、がん治療を受けることでどんなことが起こるのか、などを具体的に知っていただきたいと思うのです。これはがん患者の社会復帰を社会全体で考えていく上での第一歩であると同時に、自らがもしがんに罹患した場合でも、冷静に自分の人生を考えられることにつながるのではないかと思います。
今やがんは特別な病気ではなく、身近な疾患です。身近の方が、そして自らががん患者になるかもしれないと考え、がんという疾患をよく知っておくことが大切なのです。
国立がん研究センターと日経BPによる「働く世代へのがんの情報提供」サイトはこちらを参照ください。(別ウインドウが開きます)