このプロジェクトでは、どのように子どもに伝えていくのか。事例を紹介しよう。
見て、聞いて、体験することで、子どもは現実を受け止められる
40代の女性は乳がんと診断され、乳房温存療法を希望した。半年間の術前薬物療法を受けたが、がんが小さくならないため、医師は乳房全摘手術を勧めた。
夫と一人息子に「手術のため入院すること」を話したところ、男児はこう言いながらぐずりだした。「友達に『お前の母ちゃん、髪の毛抜けた』って言われても、『また、生えてくるから大丈夫や』と言い返してきた。でも、胸はもう生えてこない。『お前の母ちゃん、胸ないやん』って言われたら、どう言ったらいいん?」
しばらくして、男児は夜の寝つきが悪くなり、眠っても、うなされることが多くなった。ふさぎこみがちになり、朝も学校に行きたくないと言い出した。
困り果てた母親が病院で臨床心理士の井上さんに相談したところ、「お子さんを連れて、病院内を見学してみませんか。そして、がんについて説明しましょう」と誘ってくれた。
数日後、母親は男児と病院に行った。井上さんは男児に乳房の模型を触らせ、一緒にしこりを見つけたり、病院内のメディカルスタッフがどのように働いているか、院内見学に連れて行ったりした。
見学では、細胞検査士は顕微鏡でがん細胞を見せてくれた。薬剤師は抗がん剤の薬を、管理栄養士は給食の説明をしてくれた。こうして、男児はがんがどんな病気か、どんな薬で治療をするのか、これから母親はどんな部屋で過ごすのかなどを子供なりに知ることができた。
また、井上さんは男児に、3つのことを教えたという。
1.がんになったことは、「あなたでも、誰のせいでもない」。
お母さんが病気になったのは「誰かが何かをしたから」あるいは、「何かをしなかったから」というわけではない。
2.お母さんの病気の名前は「がん」で、すぐ治るものではない。
体のどこにがんができたのか。症状や治療によって身体がしんどくなり、昼でも横になることがある、など。
3.お母さんの病気は「伝染しない」。
風邪のように伝染する病気ではないので、アイスクリームを一緒に食べても大丈夫。
翌日から男児はすっかり安心し、また元気に学校へ行くようになった。母親は「まるで魔法にかかったみたいね」と笑顔になり、安堵して入院できたという。こうして、子どもはいま母親に起こっていることを自分なりに理解することで、知らないまま自ら想像することによる不安から抜け出て安心することができる。そして現実の子ども自身の生活に戻れるという。