――BRCA1とBRCA2遺伝子変異を持った乳がん患者さんは、卵巣がんにも気を配る必要があるわけですね。どのような対応がありますか?
新井 一般的には定期的ながん検診を行います。当院ではBRCA1/2遺伝子変異を有する方には、乳腺科で半年に1回、婦人科で3カ月に1回の検診を行っています。これによって、乳がんの新たな発症や卵巣がんの発生を早期に発見する体制を取っています。しかし卵巣がんの早期発見は大変難しく、根治が困難な状況で発見されるという症例にも遭遇しています。
臨床試験として実施
――そこで予防的な手術が必要ということになったわけですね。
新井 卵巣卵管がんのリスクがある方に、予めこれらを切除しておく手術は、最近では「リスク低減両側卵巣卵管切除術」といっています。がん研有明病院では遺伝性乳がん卵巣がんの体質をもつ患者さんに、対策の選択肢の1つとして院内での議論を踏まえた上で臨床試験と位置付けて実施することになりました。米国の主要ながんの医療機関が作成しているNCCNガイドラインでは、「理想的には35~40歳の間に、出産の完了に伴って、あるいは家系内の最も早い卵巣がんの発生年齢に基づいて、リスク低減両側卵巣卵管切除術を勧める」とあります。実施した後に想定される有害事象、例えば人工的な更年期障害や骨粗鬆症についても患者さんに理解していただく必要があります。
――患者さんにはどのような説明をしますか?
新井 現在、この手術は保険適用にはなっていないので、自費診療となります。これまでの患者さんでは、約90万円程度の費用を要しています。十分な実績ができた時点で先進医療に申請して患者さんに受けていただきやすい環境を整備しようと考えていますが、それにはもう少し時間がかかると思います。
また卵巣を切除することから、妊娠出産は難しくなるので、人生設計なども考慮して手術を受けていただくことになります。
――がんと遺伝子変異の関係が明らかになると、がんのリスクがある程度分かる時代が来ました。このようなリスクを踏まえたうえで、がんになるリスクをどのように減らしていくかが大きな課題ですね。
新井 がんの発生を薬剤で予防する化学予防の研究も進んでいますが、まだ確立したものになっていません。リスクがある臓器を外科的に切除するというのは、がんの発症リスクを低下させることは確実だと思われますが、生命予後を改善しているのかについてのデータはまだ十分ではありません。日本人の遺伝性乳がん卵巣がんの臨床的な特徴はまだ明らかになっていないことも多くあります。私たちの施設では、リスク低減両側卵巣卵管切除術は臨床試験として実施することになりましたが、それは、生涯にわたって症例をフォローアップして生存期間や有害事象などを検討して、わが国のリスク低減手術の有用性を明らかにすることが大きな目的の1つです。また臨床データを公開して、専門家と患者さんにともに考えていただく契機になればよいと考えています。