ヒトには細菌やウイルスなどの外敵から体を守る免疫機構が備わる。この仕組みを応用してがんを治療するのががん免疫療法だ。考え方は古くからあったが、ここ1~2年、海外の臨床試験で良好な結果が次々と報告され、改めて注目を集めている。がんに対する免疫療法の最新動向や現在の課題について、慶應義塾大学医学部先端医科学研究所所長の河上裕氏に聞いた。
慶應義塾大学医学部先端医科学研究所所長の河上裕氏
「がん治療の世界的な学会である米国臨床腫瘍学会(ASCO)の今年の学術集会では、免疫療法が大きな話題の一つだった。フェーズ3試験において生存期間で有意な延長を示し、米食品医薬品局(FDA)に承認された薬剤も登場した。今、世界中の研究者や製薬会社ががんの免疫療法に熱いまなざしを向けている」。こう話すのは、慶應義塾大学医学部先端医科学研究所所長の河上裕氏だ。
免疫機構を増強してがん細胞を排除
ヒトは進化の過程で細菌やウイルスなどの外敵から体を守る免疫機構を発達させてきた。この免疫機構は、実は外からの敵だけでなく、ヒトの細胞が異常増殖してできたがん細胞に対しても働いている。しかし、がん細胞は、数年かけて徐々に増殖するうちに、免疫機構をすり抜ける機構を発達させ、がんが発見されるほど大きくなった頃には、免疫で排除されにくいがん細胞ばかりが生き残っていることが分かっている。
がんの免疫療法は、がん細胞をより効率よく攻撃させるために、免疫系を刺激する物質を投与したり、免疫に関わる細胞をがん細胞を狙って攻撃するように刺激してから投与することで、ヒトが持つ免疫機構をさらに高めて、がん細胞を排除することを目指す治療法だ。河上氏の専門はヒトのがん免疫学であり、例えば、がん細胞が免疫機構をすり抜けるメカニズムを明らかにし、免疫システムのどこを強化すればがん細胞が排除できるかを明らかにする研究を行っている。
河上氏によると、がん免疫療法は、「能動免疫療法」と「受動免疫療法」の2つに大きく分けることができる。
能動免疫療法は、患者の体の中でがんに対する免疫を増強する方法だ。免疫の標的となるがん抗原などを患者に接種し、がんに対する免疫をさらに引き出す「がんワクチン療法」や、免疫に関わる細胞を活性化させる物質(サイトカイン)を投与する「サイトカイン療法」などがこれに当たる。
一方、受動免疫療法は、がんを攻撃する物質や細胞を体外で多量に作製して投与する方法だ。リンパ球や樹状細胞などの免疫に関わる細胞を体外で培養して、がん細胞への効果を高めて再び体に戻す「細胞免疫療法」や、がん細胞やがんの増殖に関わる細胞の働きを阻害する抗体を投与する「抗体療法」がある。
フェーズ3試験で生存期間に良好な結果、FDAが2剤承認へ
ここ1~2年、がん治療の分野では、免疫療法が盛り上がりを見せている。
2010年4月に、米国デンドレオン社の自己樹状細胞ワクチン(プロベンジ)が、前立腺がんに対するフェーズ3臨床試験において、約4カ月の生存期間延長という結果を出し、FDAの承認を獲得した。また、2011年3月には、ブリストル・マイヤーズ スクイブ社が開発を進めている、T細胞上の分子CTLA-4に対する抗体(イピリムマブ)も、悪性黒色腫を対象に、約4カ月の生存期間延長と少数例での強い腫瘍縮小効果を示した結果に基づき、FDAから承認を獲得している。