中学生は、がんを告知される権利があるのか―。1月6日、こんな重いテーマの討論に東京・杉並区立和田中学校3年の生徒約100人が挑んだ。ゲスト講師にはジャーナリストの田原総一朗氏、子宮頸がん経験者の阿南里恵氏が招かれ、がん患者団体のNPO法人キャンサーネットジャパン(CNJ)も授業に協力した。
討論会場となった体育館には保護者や地域の人々も集まり、生徒たちの意見に聞き入っていた。保護者からは「中学生にがんの告知をするなんて考えられなかったが、授業を見て気持ちが変わってきました」との声も。
この討論は、杉並区立和田中学校がネットワーク型授業として提唱している「よのなか科NEXT」の授業として行われたもの。同校校長の代田昭久氏によれば「よのなか科NEXT」では、これまでも尊厳死や出生前診断など、生と死をめぐる問題を取り扱ってきたという。
今回、がん告知をテーマにしたのは、2人の妻を乳がんで亡くした田原総一朗氏をゲスト講師に招いたことがきっかけだったが、「がん告知の問題を通して、1回きりしかない人生をどのように生きるのか、子どもたちに考えてほしかった」と、代田氏は授業の狙いを話す。
生徒のがん告知に対する認識を把握するために、事前に「お父さんががんになったら告知しますか」という質問を投げ掛けたところ、ほとんど全員の生徒が「告知する」と答えたという。そこで、授業では告知の是非ではなく方法論に踏み込んで討論することになった。
子どもに真実を告げないのは、親の愛かエゴか
授業の前半では、代田氏が日本では15歳以下の子どもへの告知は明確な基準がなく、医師や病院の判断に委ねられている現状を説明した上で「告知されるのであれば、どのような方法がよいか」と2つの案(A案:直接本人にがんを告知すべきである、B案:保護者に告知し判断を委ねるべきである)を示した。
生徒だけでなく、授業に参加した保護者らにもいずれかを選択してもらったところ、生徒ではA案を選んだ人が多く、保護者らではB案を選んだ人が多かったのが印象的だった。
生徒たちと熱く討論する司会の田原氏。「事実を客観的に伝えられる医師から告知を受けたい」と主張する生徒に「大人でもがっくりすることがあるけど、本当に医師から聞けるか、大丈夫か」と問いただす場面も。
その後、田原氏を司会に、A案派、B 案派(それぞれ、生徒代表3人とCNJのスタッフ1人で構成)に分かれて、田原氏の看板番組である「朝まで生テレビ」さながらの討論が始まった。
まずA案派に加わったCNJの川上祥子氏が「未成年であってもがんであることを知り、どのように生きたいのかを考える権利がある」と口火を切ると、司会の田原氏はB案に賛成する生徒たちに意見を求めた。
B案派の生徒の1人が「よく知らない医師からではなく、自分の性格をよく知っている親から言われたい」と答えると、田原氏は「親がうそをついたら、どうする?」と切り返した。「うそを言われたとしても、それは親の愛」「子どもによっては、ショックを受けて生きる気力をなくしてしまうこともある。親だからこそ、その子どもに合わせた判断ができる」と主張する生徒がいる一方で、A案派からは、「子どもに真実を言わないのは、親の愛ではなくエゴだ」「親は自分が傷付きたくないだけなのでは。真実は真実として伝えるべき」といった厳しい意見も相次いだ。
正解がない議論の中で、生徒たちは「命は誰のものか」という本質的な問題に向き合うことになった。そして、告知することを前提に討論してきた生徒たちは、議論を深める中で、人間には「知る権利」と同時に「知りたくない権利」があることも知った。