「医療をより良くしていこうという取り組みがムーブメントにならない。どうしてだろう」。そんな疑問を持った医師や患者が、「みんなの夢や思いが共有されれば変わっていくのでは」と、新たなプロジェクトを立ち上げた。「オンコロジードリームチーム」と名付けられたこのプロジェクトのキックオフフォーラムが、3月21日、東京・有楽町の朝日ホールで開催された。
写真1 米テキサス大学M.D.アンダーソンがんセンターの上野直人氏(photo:小川春男、以下写真5まで同様) 「オンコロジードリームチーム」とは、いろいろな職種の人が「がん医療に対する夢(マイドリーム)」を語り合い、それを共有し育むというプロジェクト。米テキサス大学M.D.アンダーソンがんセンター腫瘍内科教授の上野直人氏(写真1)が、がん患者がぶつかる悩みや障害を改善していくために発案し、一般社団法人オンコロジー教育推進プロジェクトが主催している。
今回の初フォーラムは、オンコロジー教育推進プロジェクト、財団法人日本対がん協会、NPO法人キャンサーネットジャパンの共催により開かれた。前半の基調講演では、医師と患者が、それぞれの立場でがん医療の現状を説明しながら、「どうして『自分の思いや夢を語ること』が大切なのか」を来場者に熱く語りかけた。
患者もチーム医療のメンバーとして参加してほしい
写真2 埼玉医科大学国際医療センターの佐治重衡氏 医師の立場から発言したのは、上野氏と埼玉医科大学国際医療センター腫瘍内科准教授の佐治重衡氏(写真2)。2人は、近年の医療現場で広がりつつある「チーム医療」への、患者自身の主体的な参加を呼びかけた。
チーム医療とは、一人の患者に複数の医療専門職が連携して治療やケアに当たること。多くの基幹病院には、医師・看護師・薬剤師以外にも、放射線技師、管理栄養士、医療ソーシャルワーカー、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士など、20種類余りの専門職が働いている。こうした様々な専門職がチームを組んで、患者の生活の質(QOL)の維持・向上や、それぞれの人生観を尊重した療養を実現しようというのが、チーム医療の基本的な考え方だ。その背景には、これまでのがん医療は、とかく治療重視になりがちで、患者の生活を支えるという視点が抜け落ちていたという反省がある。
佐治氏は「がんと診断された患者さんが、診断前と変わらない精神状態で、社会のリソースを活用しながら、医療者とともに治療と並行して不快な症状に対処し、なるべく普段通りに近い生活を送れるようにする。これが理想のチーム医療」と述べている。
チーム医療の目的は「患者中心の医療」であるため、そのイメージ図では、いつも患者が真ん中にいる。だが、佐治氏はチーム医療を実践していくなかで、「医療者が患者さんを取り囲むのではなく、患者さんも医療を理解して一人の仲間としてチームに参加してくださらないと、このシステムは機能しない」と気付いた。これまでのチーム医療では、医療従事者は当事者(患者)抜きで患者にとって良い医療を考えがち、患者も医療従事者に任せていればいいと思いがちだった。
例えば、佐治氏は厚生労働省が昨年度まで開催していた「チーム医療の推進に関する検討会」の最終答申について、こう指摘する。「チーム医療の基本的な考え方として、その必要性や効果、目指すべき方向、医療従事者の役割などは書かれています。でも、患者さんがどう関わればいいかは一切書かれていない。僕ら医療者側の勘違いが、ここにそのまま残っています」。
では、患者はどのようにチーム医療に参加すればいいのか。例えば、抗がん剤治療を受けるときであれば、佐治氏はこう提案する。「抗がん剤治療によって、どのような状態になることを目標とするのか、どの副作用が出たときは医療者に伝えなければならないか、薬を選ぶときにはどんな事項を優先するか、などを、自分自身の中で明確にすること。それが、チーム医療への参加になります。このように能動的に治療に参加することが、結果に対する満足度につながっていくのです」。
上野氏は、自らも悪性線維性組織球腫(MFH)と診断され、闘病した体験を踏まえて「どんなにいろいろな職種が関わっていても、患者の気持ちを汲み取ることは難しいものです。医療者側は努力しなくてはいけない。でも、皆さんも自分の思いを言わなくては相手に伝わらない。相手が怒ったとしても、会話でキャッチボールすることが必要です」と、医療者と患者が互いに思いを伝え合うコミュニケーションの大切さを訴えた。
患者になって実感する社会の厚い壁を壊すために
写真3 キャンサー・ソリューションズの桜井なおみ氏 患者の立場からは、キャンサー・ソリューションズ株式会社代表取締役の桜井なおみ氏(写真3)が、医療制度、経済や就労、結婚など、がん患者がぶつかる社会的な壁の実態について話した。特に、現在、がん患者の就労の問題は深刻だという。
桜井氏らが行ったWEB調査では、回答者403人(約48%が40代、女性が9割)のうち、4人に3人は今の仕事を続けることを希望していたにもかかわらず、そのうちの1人はがんの診断前後に転職していた。転職した人の1割は、がんと診断されただけで、解雇や依願退職、廃業に追い込まれたという。また、転職した人の6割は収入が減ったそうだ。「がん闘病では治療費がかかるから、ダブルパンチを受けてしまう」と桜井氏は訴える。
治療技術の進歩により、現代のがん患者は、がんになっても生きていける人が増えている。だが、世間には、がん患者というだけで「この人は死んでしまうのではないか」、「もう仕事はできないだろう」といった、差別や偏見の目で見る人がいるという。このため、患者は自分ががんになったことをなかなか周囲に言い出せないという現実がある。
そんな社会の壁を壊すために、桜井氏は「私たちは、たまたまがんになっただけで、別に悪いことをしたわけではない。パジャマを脱いだがん患者が、社会で自分らしく生きていくために、患者や家族が行動し変えていけることはある」と強調する。
そして、桜井氏はこう提案した。「がん患者ができることは、『自分はこう生きたい』『こういう価値観を持っている』ということを、医療者や社会に伝えていくこと。お互いに情報を公開して、手をつなぎあうことが『患者中心の医療』だと思う」。
医療者と患者・家族・友人が“キャンサー・ギフト”を得るために
写真4 後半のパネルディスカッションの様子 後半のパネルディスカッションでは、前半の基調講演の3人に、作家で虫垂がんの体験がある岸本葉子さんと、東京大学医学部附属病院緩和ケア診療部副部長の岩瀬哲氏が加わり、医療者と患者の関係作り、特にコミュニケーションについての議論が盛り上がった(写真4)。
岸本氏は自身のがん体験を振り返りながら、「患者の力で医療が変わってきた。だが、その過程で、医療者が萎縮してしまった。医療者と患者・家族がお互い十分に話し合う時間が取れないままになっている。(お互いに向き合える)環境づくりが大切」と指摘した。
佐治氏は、医師の立場から「医療者も患者と話をしたいが、それができない現状がある。だが、そのままにしていると、トラブルに発展することもあるので、できるだけ医療者と患者のつながりを作っていきたい。そのとき、患者さんに医療現場について、あらかじめ知っておいてもらえると、よりうまく関係を作れるのではないか」と話す。
さらに、司会の膳場貴子さんが「がん経験者にはプレミアがあると思う」と切り出すと、がん体験がもたらした人生観の変化について、話の輪が広がった。
膳場さんは職場で一緒に働く、がんを体験したディレクターについて、「その女性は何に対しても思い切りがいい。そう相手に話してみたら、『がんになって、一歩踏み出すようになった。悔いを残さないよう、思い切りやり尽くしてみようと思うようになった』と言われた」と話し始めた。
それを聞いた桜井氏は、「がんと診断される前は、まるでハンマーが壊れるまで石橋を叩き続ける性格だった」と語り、「がん患者である私たちは、生命の飢餓状態にあると思う。生きることに、とても貪欲になっている」と答えた。また、「周囲に感謝する気持ちを持てるようになった。これらは、すべて“キャンサー・ギフト”だった」と言葉を続けた。
写真5 フォーラムの最後に、医療に対するそれぞれの夢を掲げる来場者 フォーラムの最後には、登壇者が来場者と一緒に、手元に配布された紙に自分の医療に対する夢を書き、それを見知らぬ隣の席の人にも見せ合うという時間も。来場者はフォーラムで話を聞いているうちにイメージができていったのか、マジックで思い思いの夢や希望を書いた。最後には、それぞれの夢が書かれた紙を上方に掲げて、来場者全員で写真を撮るというシーンもあった(写真5)。
“キャンサー・ギフト”とは、何て素敵な言葉だろうか。医療現場で、医療者から患者へ、患者から医療者へ、あるいは家族へ友人へと、さまざまな関係で目に見えないギフトを贈り合えることができたら、どんなに素晴らしいか。
このように、医療者と患者がお互いの置かれている状況を理解し合い、チームのメンバーとして手を携えることができれば、ゆるやかであっても患者と医療者の間にある壁はなくなっていくだろう。フォーラムを見終えて、そう実感した。