がん診療の均てん化を目指して、全国に整備が進む“都道府県がん診療拠点病院(都道府県がん拠点病院)”と、“がん診療連携拠点病院(がん拠点病院)”。ただし、これらがん拠点病院の多くで、日本乳癌学会が認める乳腺専門医が不在であることが、がんナビの独自調査により明らかになった。がん拠点病院の3割にしか乳腺専門医が在籍していなかったのだ。なぜ、このようなことが生じているのだろうか。
1月17日に開催された、厚生労働省の第4回「がん診療連携拠点病院の指定に関する検討会」。この検討会において新たに指定された施設を加えると、都道府県がん拠点病院は全国44都道府県で47施設となった。自宅の近くでがん治療が受けられるように(二次医療圏ごとに)設置が進んでいるがん拠点病院も、全国に351カ所が指定される予定になっている。
全国でどこでも質の高いがん医療を受けることができるよう、がん医療の均てん化を目指して、がん拠点病院の整備が急速に進んできたのだ。
がん拠点病院の指定の要件として、肺がん、胃がん、肝がん、大腸がん、乳がんにおいては、「集学的治療及び、各学会の診療ガイドラインに準ずる標準的並びに応用治療を行う体制を有するか、又は連携によって対応できる体制を有すること」(厚生労働省の「がん診療連携拠点病院整備について」より抜粋)が求められている。
患者からすると、このような要件の下で整備が進んできたがん拠点病院では、どの病院でも、同レベルの最新治療が受けられることを期待するのは当たり前だろう。
●乳腺専門医が在籍していない 都道府県がん拠点病院は全国8施設 |
青森県立中央病院、宮城県立がんセンター、福井県立病院、三重大学医学部附属病院、奈良県立医科大学附属病院、徳島県立中央病院、長崎大学医学部・歯学部附属病院、宮崎大学医学部附属病院 |
しかし、都道府県がん拠点病院47施設のうち、乳癌学会が認める乳腺専門医が在籍している医療施設は、約8割の38施設にすぎないことが、今回、明らかになったのだ。さらに、がん拠点病院では、乳腺専門医の不在はより顕著であり、約7割のがん拠点病院に乳腺専門医が在籍していなかった。351カ所のがん拠点病院(承認見込み含む)のうち、乳腺専門医が在籍している医療機関は、約3割の109施設しかなかった。
乳腺専門医とは乳がんの予防・診断・治療に関する知識と経験を持つ専門医であり、現在、そのほとんどは外科医だ。乳腺専門医になるためには、通算5年以上に100人以上の乳がん患者の治療を経験し、論文や学会発表などの業績を持つことが条件であり、かつ乳癌学会が実施する試験に合格しなければならない。すなわち、乳腺専門医は、乳がんの治療経験が豊富であり、一定の診療知識を担保された医師といえる。質の高い乳がん治療を行う上で乳腺専門医は不可欠な存在なのだ。しかし現実には、多くのがん拠点病院に乳腺専門医はいない。
なぜ、がん拠点病院に乳腺専門医がいないのか?
ではなぜ、がん拠点病院に乳腺専門医がいないのだろうか? その理由のひとつとして、がん拠点病院の指定要件がありそうだ。
がん拠点病院の指定条件として、「緩和ケアチームの設置や相談支援体制の整備、院内がん登録の実施など」が挙げられている。また、厚生労働省は、がん拠点病院の整備に関する指針の見直しを進めており、今後、放射線治療装置を有すること、身体症状の緩和のみならず、精神症状の緩和を専門とする医師(サイコオンコロジスト)の配置も義務づけていく方向だ。
しかし、外科医の設置条件についての検討は全く進んでいない。乳腺専門医など、各種の専門医の配置を条件とするという話もない。そのため、各施設は、がん治療の基本である外科医については、何の検討も行っていないのだ。
乳腺専門医はどこにいる?
では、乳腺専門医はどこにいるのだろう? 現在、乳腺専門医として認められている医師は、全国に646人存在する。この数は、がん拠点病院の数よりも実は多い。
乳癌学会理事を務める帝京大学医学部外科学教授の池田正氏は、「乳腺専門医は、都心部に集中する傾向がある」という。乳腺専門医のリストを見ると、乳腺専門医は圧倒的に関東や近畿に多く、地方に行くほど激減する。三重県においては、乳腺専門医が県内に一人もいないという状況になっている。
加えて池田氏は、「乳がんの診療には、それほど特殊な医療装置を必要としない。そのため、乳腺専門医の資格を使って、乳がんに特化した診療所を開業するという道もある」という。静岡県立静岡がんセンター総長の山口建氏も「乳腺専門医は独立指向が強い」と指摘する。実際、乳腺専門医のリストをみると、中小規模の私立病院や、乳腺専門のクリニックに所属している専門医が目立っている。
すなわち、乳腺専門医は、がん拠点病院以外の、乳がん診療に特化した医療施設で活躍しているということになる。
乳腺専門医制度が発足したのは1997年であり、比較的新しい制度だ。そのため、「乳癌学会は乳腺専門医を育成中であり、今後、時と共に専門医は増えるだろう」と池田氏はいう。
今後、がん拠点病院に在籍している医師が、乳腺専門医となることを期待したい。ただし、がん拠点病院のなかには、年間の総手術数が100件強しかない医療機関も存在し、そのような病院に所属する医師は、乳腺専門医の試験資格を満たすだけの手術実績を上げることすら難しいという問題もある。
日本のがん拠点病院の整備は、まだまだ過渡期なのだ。そして、残念ながら、多くのがん拠点病院は、理想的な乳がん診療が行える体制に至っていない。乳がん患者は、この現状を理解したうえで、がん拠点病院という肩書きを盲信せず、どこで治療を受けるかを選択しなければならない。
※がん拠点病院に乳腺専門医がいるかどうかの判断基準
乳癌学会が同学会のウェブ上で公開している乳癌学会の乳腺専門医リスト(2007年9月11日現在)から、がん拠点病院における乳腺専門医の在籍状況をがんナビが確認した結果。(ただし、乳癌学会のリスト作成後に専門医が移籍している場合がある)
〔関連サイト〕
・日本乳癌学会のウェブサイト
・乳癌学会 乳腺専門医のリスト
1月31日に本文2カ所、表中1カ所を以下のように訂正しました。
本文
訂正前:乳腺専門医が在籍していない都道府県がん拠点病院は全国11施設
訂正後:乳腺専門医が在籍していない都道府県がん拠点病院は全国8施設
本文
訂正前:都道府県がん拠点病院47施設のうち、乳癌学会が認める乳腺専門医が在籍している医療施設は、8割に満たない36施設にすぎないことが、今回、明らかになったのだ。
訂正後:都道府県がん拠点病院47施設のうち、乳癌学会が認める乳腺専門医が在籍している医療施設は、約8割の39施設にすぎないことが、今回、明らかになったのだ。
表中
岩手医科大学附属病院、茨城県立中央病院茨城県地域がんセンター、佐賀県立病院好生館を削除(乳癌学会のウェブサイト上では乳腺専門医は在籍していないものの、昨年末の試験で合格した専門医がいることを確認したため)