「ホスピスと呼ばれる施設での終末期ケア」との印象が強い緩和ケア。だが最近、治療早期から、さらには在宅でも、切れ目なくケアを提供しようというのが、世界的な流れになっている。この緩和ケアのトレンドを、3回にわたってお伝えする。1回目は総論として、日本国内の動きを中心に紹介する。医療者も患者も、発想の転換が必要だ。
1981年 | わが国初のホスピスが開設(聖隷三方原病院) |
1990年 | 緩和病棟入院料を新設 |
2002年 | 緩和ケア診療加算を新設(一般病棟での緩和ケアチームの活動を評価) |
2004年 | 第3次対がん10カ年総合戦略 ・癌患者等の生活の質(QOL)の向上 |
2006年4月 | 診療報酬・介護報酬改定 ・在宅療養支援診療所、療養通所介護の創設 ・40~64歳の末期癌患者に対する介護保険の適応 |
2006年6月 | 「がん対策基本法」成立(2007年4月施行) ・緩和ケアなどがん患者の療養生活の質の向上 |
2006年8月 | 厚生労働省が2007年度予算概算要求を発表 「がんの在宅療養・緩和ケアの充実 9億円」 ・在宅緩和ケア対策の推進 ・緩和ケアの質の向上および医療用麻薬の適正使用の推進 |
今年8月、厚生労働省が発表した2007年度予算概算要求に、「がんの在宅療養・緩和ケアの充実」が盛り込まれた(表1)。6月に成立した「がん対策基本法」がうたう「癌患者の療養生活の質の維持向上」のための具体的な方策として、必要な患者が治療早期から緩和ケアを受けられるよう、一般医への普及啓発や在宅緩和ケア対策の推進などが打ち出されている。
「緩和ケア=終末期」は誤り
緩和ケアといえば、わが国では、治療手段がなくなった患者の心身の苦痛を取り除くため、緩和ケア病棟(ホスピス)で提供される終末期のケアというイメージが強い。
だが、患者が治らない状態か否かということは、緩和ケアの対象を考える上で関係ないというのが最近の考え方だ。世界保健機構(WHO)も2002年に緩和ケアの定義を改め、診断、治癒を目指す時期から積極的治療と並行して施されるケアであるとしている(表2)。
2002年に一般病棟での緩和ケアチームの活動が診療報酬で評価されるようになったのも、一連の流れの中での変化だ。病状説明後に患者が感じる不安や身体症状による苦痛などに緩和ケアチームで積極的に対応する施設が徐々に増えている。「治療に反応しなくなって初めて『緩和ケア』と言われても、患者はつらい。緩和ケアを自然に受け入れられるよう、その考え方を治療と並行して教えていくことは意義がある」と広島県立広島病院緩和ケア科部長の本家好文氏は話す。
在宅緩和ケア普及への期待
1990年 | 治癒不能な状態にある患者および家族のQOL向上のために、さまざまな専門家が協力して作ったチームにより行われるケアを意味する |
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2002年 | 生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、疾患の早期より痛み、身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな(霊的な・魂の)問題に関してきちんとした評価を行い、それが障害とならないように予防したり対処したりすることで、QOLを改善するためのアプローチである。 |
もう一つ、これまで施設偏重だった緩和ケアを、在宅へどう展開していくかという点も大きなテーマだ。「末期の癌患者の中で、時々刻々と容態が変化し24時間体制の医療が必要になるような人は、1~2割ほど」(本家氏)であり、本来、癌患者の大半は自宅で最期を迎えることが可能なはず。だが、わが国では地域の受け皿が圧倒的に不足しており、緩和ケア病棟の多くが“看取りの場”となってしまっている。
ホスピス発祥の地、英国では、ホスピスが在宅患者の“症状コントロールの場”として機能している。一時的に入院し症状が落ち着けば、再び自宅に戻れる環境が整っているためだ。
本家氏は日本の現状について、「癌患者が増加する中、療養の場を医療機関に求めていてはいずれパンクする。まずは患者が安心して地域に帰れる仕組みを作らないといけない」と言う。こうしたニーズに応えるために誕生したのが、在宅緩和ケア支援センターだ。
その先駆けである広島県の緩和ケア支援センターでは、地域の医療機関や訪問看護ステーションなどと連携しながら、入院施設だけでなく、英国で普及しているデイホスピス(日帰り緩和ケア)にも取り組んでいる。在院日数短縮化のあおりを受け、十分な症状マネジメントを受けられぬまま在宅療養を余儀なくされている患者や、化学療法などの積極的治療を一通り終え、次の治療手段がないまま不安を抱きつつ地域で暮らしている患者は少なくない。こうした在宅患者の心身のケアに当たる。
厚労省は、来年度予算の概算要求に在宅緩和ケア支援センターの設置費の補助など関連費を盛り込んだ。今年4月には療養通所介護としてデイホスピスが介護保険で認められた。ほかにも、在宅緩和ケアを裏打ちするものとして、4月の診療報酬改定では在宅療養支援診療所が新設された。同診療所の医師が特別養護老人ホームなどに入居する末期癌患者に対し訪問診療を行うことも可能になった。
こうした流れの中で、現場の医師、さらには患者にも、意識改革が求められている。次回は、こうした切れ目のないケアを提供するためのシステムのありかたを、英国とドイツの現状から探ってみる。
(井田 恭子)
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