がんの治療成績が向上した今日では、がんの治療後も長期に生存する人が大勢存在する。がんになっても、将来、子供を持てるように、化学療法や放射線療法が生殖機能に与える影響に配慮した取り組みが始まっている。
聖路加国際病院(東京都中央区)には「癌治療者のためのリプロダクション外来」という専門外来がある。化学療法や放射線療法など、がんの治療の影響で、性腺(精巣、卵巣)機能が障害される可能性のある患者が対象。完全予約制で、患者1人当たりたっぷり30分かけて診療を行っている。
同外来を担当する女性総合診療部の塩田恭子氏は、以前から、小児の白血病患者の生殖機能について、小児科から相談を受けていたという。「より専門的、総合的に対応できるよう、新たに外来を設けました」と説明する。
同外来では、患者本人およびその親からの、将来子供を持てるかどうかに関する相談に応じるほか、将来に備える意味で、精子や受精卵などの凍結保存も行っている。
とはいえ、あくまでがんの治療が優先で、生殖機能の維持についてはオプションという位置付けだ。白血病の治療などで強力な化学療法を行う場合は、生殖機能は多かれ少なかれダメージを受けてしまう。塩田氏は「できれば治療に入る前に相談してもらえれば、対応もしやすい」とアドバイスする。
精子の凍結が心の支えに
横浜市立大付属市民総合医療センター泌尿器・腎移植科では、精巣腫瘍をはじめ、白血病、肺がんなどの男性患者のうち希望する患者を対象に、1992年から精子の凍結保存を行っている。
これまでに120例の精子を凍結し、治療後に凍結精子を用いたのは5例、うち2例で妊娠が成立した。残念ながら2例とも流産したため、今のところ出産例はない。
同科助教授の斎藤和男氏は「120例のうち、約3分の1が死亡、約3分の1が生殖機能を含めて回復しているため、凍結精子を用いる可能性があるのは残りの約3分の1の患者。凍結時点では未婚の患者も少なくないので、10~15年の長期にわたって凍結保存する必要がある」と話す。
精子を凍結することは、患者の闘病意欲にも関係する。斉藤氏らが精子を凍結したがん患者51人(精巣腫瘍24人、白血病または悪性リンパ腫19人、その他のがん8人)を対象に行ったアンケート調査によれば、精子が凍結保存されていることが精神的な支えとなったと答えた人が34人(66%)、同じ病気にかかった他の患者にも勧めると答えた人が41人(80%)に上っていた。「自分の子供を持ちたい」と強く希望する患者もいたという。
斉藤氏は「現実には、積極的に患者を紹介してくれる医療機関がある一方で、そうでない医療機関もある。がんの治療に携わる医師は、患者の生殖機能にもっと目を向けてほしい」と話している。