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各国では、どのように「がん患者への情報提供」が行われているのだろうか。7月に米国ワシントンDCで開催された世界がん会議に参加した、国立がんセンターの高山智子氏にリポートしていただいた。世界各国で、国中の患者の相談を電話などで受け付ける大規模な「コールセンター」が、重要な役割を果たしているという。
本会議のプログラムは8日の夜からだが、その開催に先立って8日の朝から夕方まで、「国際がん情報サービスグループ(International Cancer Information Service Group=ICISG)」によるワークショップ、「いかにしてがん情報サービスを始めるか」が開催された。また、会期を通して、がん情報提供システムに関連する報告がいくつかあった。がん患者への情報提供のあり方を研究している立場にあるものとして、逃せない機会と考えて出席した。
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ワークショップで議論する各国のがん情報サービス担当者 |
ワークショップには、がん情報サービスの立ち上げ期にある国々、ブラジル、韓国、インド、ナイジェリア、シンガポール、メキシコ、トルコなどから約60人が参加した。熱心なグループディスカッションも行われた(写真左)。今回、ワークショップに参加して改めて思い知ったのは、「日本は、がんの情報提供に関しては、発展途上国」ということだ。
30年前に米国の国立機関である米国がん研究所(NCI)で始まったがん情報サービスは、1990年代半ば以降、カナダや英国などでもスタートした。提供手段として最も多く使われているのは、電話である。各国とも全国あるいは地域からの電話を受ける、集約化された大規模なコールセンター(電話窓口)を持ち、患者や家族をはじめとして、一般市民、医療従事者からの質問や相談に応じている。最近では、電話以外にメールやチャットで情報を提供する場合もあるので、コンタクトセンター(連絡窓口)と呼ばれることも増えた。
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米国がん研究所(NCI)コールセンターの電話応対の様子 |
これまで米国、英国、オーストラリアなどの英語圏の状況についてはある程度の内容を把握していたが、今回ワークショップに参加して、それ以外の地域でも導入されていることを知った。既にドイツで20年前から、スイスでも10年前から、取り組みがなされていた。最近では、フランスと韓国が2005年から開始している。しかも、今年参加した国の多くが新たにスタートする計画を持っている。既に、コールセンターは世界のスタンダードだったのだ。ところが、日本ではまだ始まる予定がない……。
がん情報サービス(CIS)の歴史で一番古いのが、1975年にNCIが開設したものである(写真右上)。今年の3月には30周年記念式典が行われた。このようなサービスが始められたのは、1971年に国家がん対策法が成立していたという背景がある。
当時のNCIスタッフが「だれもが最新のがん情報にアクセスできるようにしたい」と考えたことで誕生したという。情報を欲しい人がだれでも無料で手に入れることができるように、トールフリー(無料でかけられる)の電話番号が設けられている(これは、その後に開設された各国でも同じである)。NCIのCISが、30年も前からこのような考え方でがん情報の提供を実践し、その他の国を牽引し影響を与えてきたことの意義は大きい。
1996年には、国際的な取り組みとして、国際がん情報サービスグループ(ICISG)が結成された。そして、高い質のがん情報の普及のために、世界の国々で情報共有やトレーニングなどを行うための活動が展開されていった。現在ICISGに参加して、がん情報サービスの取り組みを実施している、あるいは実施のための準備過程にある組織は、30カ国、45組織に及んでいる。残念ながら日本はまだ参加していない。
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国際がん情報サービスグループ(ICISG)代表のアンヌ・べジーナ氏 |
この重要性を知るには、がん患者の置かれた状況と心理を理解する必要がある。とくに、がんと診断されたときには、だれでも混乱状態に陥る。たとえば、医師から診断時に伝えられる情報にも、今まで聞いたことがない医学用語がたくさんある。「治療はどうしたらいいか」「仕事はどうしたらいいか」「家族はどうなるのか」――混乱のなかでたくさんのことを、いっぺんに考えなくてはならない状況に置かれる。
質問が一つだったら、あるいは、調べたいことがはっきりとわかっていれば、それをインターネットで検索したり、本で調べたり、だれかに聞いたりすることができる。けれども、多くの場合、質問や知りたいことは、絡み合っている。一つひとつのキーワードで検索したり、調べたりするだけでは、知りたいことが探せないことも多いし、探せたとしても時間がかかる。他のことなら明日まで待てるとしても、命に関わることなら、今すぐに知りたいと思うのは当然だろう。
利用者がコールセンターにかけて電話相談員による1対1のサービスを受ければ、今自分が置かれた状況を理解してもらった上で必要な情報をもらえたり、知りたいことの回答がすぐに得られない場合でも、少なくとも自分の頭の整理ができ、次に何をすればよいのか(たとえば、医師に自分の状況を伝える、他の治療方法があるかどうか相談する、かかっている病院で医療控除の申請方法を聞くなど)が分かることが多い。そして、悩むことに時間を取られるのでなく、今必要な行動をとることに結びつけやすくなる。
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米国がん協会(ACS)コールセンターの風景 |
コールセンターの2つ目のメリットは、病院など専門家がいるところに会いに行かなくても、いいことである。つまり相談したいとき、思い悩んだときにいつでも、電話をかけて相談することができる。各国のコールセンターでは、平日・昼間の時間帯(朝9時から夕方5時ころまで)の対応としているところが主流だが、24時間週7日のサービス提供体制を持つところもある(写真右)。
そして3つ目のメリットとして、「自分が混乱しているとき、辛いときに電話の向こう側に人がいて対応してくれる」ことで得られる安心感がある。ICISGのベジーナ氏が、利用者からしばしば高く評価される点として挙げていた。ネットや冊子の情報提供とは異なるハイタッチなサービスは、コールセンターだからこそ提供できる大切な要素である。
次回は、コールセンターの実際の運営方法、利用者の満足度、日本での開設の可能性などに触れる。(世界のがん情報提供サービス事情:下につづく)
〔参考サイト〕
●各国のコールセンター案内のホームページ
オーストラリア
カナダ
フランス
ドイツ
英国
米国(米国がん協会)
米国(米国がん研究所)
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