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「せりか基金」が2研究に奨励金を交付
『宇宙兄弟』から始まるALS完治への挑戦
「幸せな未来を漫画の中に勝手に描いていいのか」作者と編集者の葛藤から生まれた現実への一手

蛋白質の凝集とALS発症の因果関係を探索
 次に、「応募を決めてから『宇宙兄弟』を全巻購入し、読むことから始めた」という浅川氏には、250万円の奨励金などが授与されました。浅川氏の提案は、せりかと同じくTDP-43蛋白質に着目したものでした。

 ALSでは、運動ニューロンが選択的に障害されます。このALS患者の運動ニューロンでは、TDP-43が本来局在すべき細胞の核ではなく、細胞質内に凝集体を形成していることが分かりました。作中でせりかが目指したのは、細胞質に移った異常なTDP-43を阻害する薬を作ること。ただし、人体の運動ニューロンを直接観察することは難しいため、TDP-43の凝集とALS発症の因果関係は明らかになっていません。

 そこで浅川氏は、人間と同じ脊椎動物であり、さらに身体が透明に近いため生きたまま運動ニューロンの細胞全体を可視化できる熱帯魚「ゼブラフィッシュ」を用いた研究を計画しました。例えば、光を当てるだけで運動ニューロンが活動して身体が動きだすといったように、ゼブラフィッシュの運動ニューロンの性質を光で操作する技術を開発。光を照射することで、TDP-43の凝集を再現し、それが神経変性を引き起こすのか否かを検証しようという試みです。

 浅川氏は、「今回提案したゼブラフィッシュを使った研究は、これまで10年ほど試行錯誤を積み重ねて開発した独自の技術が基になっている。今、同じ研究を10年続けられる環境というのはあまりないと思う。成果を早く出すことも大事だが、長く取り組むことで前進する研究もあると思って続けてきた。今回いただく奨励金には、寄付していただいたみなさんの思いが詰まっているので、この研究をさらに前進させないといけないなという気持ちが強くなった」と言います。また、受賞に当たり「『宇宙兄弟』という漫画は非常に丁寧な取材がされていて、現実との境界があいまいになる不思議な力を持っている。このリアリティーが多くの人の心を打ち、このような基金が立ち上がったと思う。この活動に敬意を表したい」と語りました。

「ALSが治る病気になるところまでつなげて」漫画編集者の思い
 宇宙兄弟が掲載されている漫画雑誌『モーニング』(講談社)編集長で、佐渡島氏とともに連載当初から見てきた宍倉立哉氏は、「漫画というのは、私たちが生きている現実世界を紙に定着させようという試みだ。そこから現実に戻ってくるということはなかなかないが、せりか基金はその希有な例といえる。ずっと漫画に関わってきた者からすると、今日の授賞式にまで至ったことは大変喜ばしく、勇気付けられる。ALSが治る病気になるところまでつながっていただければと思っている」と激励しました。

 『宇宙兄弟』の連載中、米航空宇宙局(NASA)が有人月探査計画の打ち切りを発表するなど、宇宙兄弟の話は完全にフィクションになってしまったと感じたこともあった佐渡島氏。しかし近年、イーロン・マスク氏の米SpaceX社など宇宙開発に参入する民間企業が現れ、2017年には再度NASAが月面開発を再開するという話も聞こえてきました。

 「宇宙兄弟が本当に実現されるかのような展開になってきた」と感じた佐渡島氏は、「それならば、ALS治療薬も民間企業の力で2029年よりちょっとでも早く実現したいと考えるようになった」と言います。「たくさんの研究者の方をここに巻き込んで、『ALSの研究をすると楽しい』と思ってもらえる状況を作り、その楽しい研究の結果として病気が治る。そんな未来を作りたい」と展望を語りました。

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Cadetto通信
日経メディカル Online編集部の「Cadetto.jp担当」約2名(飛び入りあり)が、時に熱く時にまったりとつづるコーナー。取材のこぼれネタや企画の予告編、耳よりなイベント、面白い人&面白い話、編集部の秘密、困っていることや皆さまへのお願いなどなど、自由度高め、文章短めで参ります。時には「病院ランチ食べ歩き」などの特別企画に変身することも。

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