山本 津川先生は、どうやったらこんなに注目度の高い研究をどんどん思い付くんですか?

津川 データのアクセス性とか、質といった問題は解決しつつあると思います。昔と比べれば、質の良いビッグデータはたくさん出てきました。問題は、リサーチクエスチョンの質が高くない研究がたくさんあることかもしれません。あまりに狭い領域の研究であり「その研究、あなたしか興味ないでしょ……」という研究も多い。ノーベル賞を取るような基礎研究ならそれでも良いのかもしれませんが、社会科学の研究は、社会が必要としている問いに答えるという側面もあると思います。だから、自分と違う分野の研究者や一般の人に、自分のやっている研究の社会的意義を説明できなければ、良いリサーチクエスチョンではないのかもしれない、と考えるようにしています。

 本当に良いと思えるリサーチクエスチョンを思い付くまでは研究を始めないことも重要かもしれません。「これでもいいけど……」と思っているうちはまだ50点。本当に「これだ!」と思えるまで、研究を始めないのがコツかもしれません。

 反対に、素晴らしいリサーチクエスチョンを思い付いたときは、手元にデータがなくても、熱意を持って人に話したりしているうちに、周りをどんどん巻き込んでいって、あるときデータへのアクセスが得られたりします。

山本 ビジネスも全く同じ考え方かもしれませんね。ビジネスを思い付いたとき、そのアイデアを大事に隠して、そのまま表に出ずに消えていく……というケースが多いなあと感じています。ではなぜ、つまらないビジネスや研究をやる人が多いんでしょう?

津川 「とりあえず論文が書ける」と思うからでしょう。確かに、研究をすれば論文は書けます。でも、良い論文が書けるとは限りません。もう1つの問題は、良い論文でもそうではない論文でも、仕上げるには同じくらい時間がかかると言うことです。誰にも読まれない論文の研究に2年かけるなら、研究を始めるのを半年送らせても、じっくりテーマを考えるべきだと個人的には思っています。

山本 なるほど。ちなみに、先ほど津川先生が紹介された成果は、どれもきれいなサクセスストーリーがありましたが、苦労したところとかあるんですか? 例えば女性医師の方が患者の治療成績が良好だったという論文で、もし男性医師の方が優れているという結果になっていたら発表していましたか?

津川 女性医師は男性医師に比べて昇進が遅く、給与も低く、アンフェアであるということは既に先行研究で示されていましたから、社会的意義のある研究テーマだと思っていました。どんな結果になっても論文は出していたとは思います。ただ、読者に受けない結果だとエディターがアクセプトしてくれないので、論文誌に載らないかもしれませんね。

山本 ステレオタイプ的にはアカデミアにいる人は社会通念から乖離する傾向があると思います。「科学的に正しいんだから、面白いかどうかは関係なく、重要なファクトなんだから論文誌に掲載しろ」という人もいると思います。このあたりについてはどう考えていますか?

津川 日本のアカデミアの独自の風潮として、素晴らしい学者はやたらと難しい研究をしなければならない、メディアに露出する学者は格下扱いされる、ということがあると聞いたことがあります。でも私は、社会のためになる研究をするには学者もそれなりにリスクを取らなければならないと思っています。そして、学者には社会が必要としているようなエビデンスを提供するという責任もあると考えています。

山本 そういうアントレプレナーシップ(起業家精神)を持った研究者というのは米国で増えているんでしょうか?

津川 グーグルで研究している人や、ベンチャーを起業した元大学教授なども多いので、増えているとは思います。一昔前だと、「あいつは魂を売ったな」と陰口を叩かれたりしていたと思いますが、今はそんな時代ではありません。山本先生も、東大医学部を出たのにMBAを取得したり起業したりして、「魂を売った」的なことを言われたのではないですか?

山本 何時間でも語れるほど言われましたね。医療界からは「山本は金に目がくらんだ」。ビジネス界からは「早く臨床医に戻れ」。前者は想定内でしたが、後者は想定していませんでした。ビジネス界の重鎮に呼び出されて、「早く医者に戻れ」と延々説教される……みたいなこともありました。

津川 ヘルスケアスタートアップ企業って、今でこそ「格好いい」みたいな雰囲気がありますが、山本先生が起業された頃は親にも理解されない時代だったでしょうからね。フロントランナーは常につらい思いをたくさんしますね。でも、山本先生のようにそこを切り開いてくれた先人がいるから、今から起業する人はそんなにつらくないのだと思います。

 米国では数年前から、官民コラボしたり分野横断的に研究やビジネスをしましょう、という流れができてきました。日本はまだその動きは少ないと思います。あと5年もしたら日本でもみんなやってる、という状況になると思うので、今がチャンスだと思っています。

山本 分野横断的な研究やビジネスをやってみたくても、日本のどこでできるの?という人が多いと思います。既に始まっている米国と、未だゼロの日本とは、どこが違うんでしょうか?