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連載小説「坂の途中」

シーズン2 第10話
同期になった先輩

2019/01/16
崎長ライト

 あたし達は小さく乾杯して、からあげをつまんだ。
 海斗君はダウンを脱ぎ、白のハーフパンツと白のTシャツ姿で一生懸命に話しだした。あたしもコートを脱いで、夢中で話した。

 それは、あたしの6歳の誕生日から26歳の誕生日を迎えるまでの長い物語。海斗君の20年間に及ぶ自分との格闘ともいえる物語だった。

 あたしの双子の兄、海斗君のふたりの姉。
 あたしの父と母、海斗君の眼科医の父と眼科医の母。
 あたしの家は離散、海斗君の家は代々続く神奈川の眼科開業医。
 あたしの学生時代はバイトに明け暮れ、海斗君の学生時代は同期から無視され(いじめ?)、ヨット仲間だけが自分を理解してくれて、その縁でこの街に来た。
 あたしはこの街に来て同期に恵まれ、海斗君もなんとか1年やってきた。
 あたしは自分がちょっと変わっていると自覚していて、海斗君はアスペルガー症候群の診断を受けたことがあり、その病気と闘っている…。

 いつのまにか、2階には誰もいなくなった。
 そろそろ出ようか…と思った時、突然真っ暗になった。
「キャー、停電? 何、何、何」
 あたしは暗闇が怖いのだ。
「大丈夫、大丈夫」
 海斗君がテーブルの上であたしの手を握った。えっ。でも、海斗君の手は大きく温かい。
 あれっ、階段の方から、足音がする。ママ? 聞き覚えのある声が、小さな炎とともに近づいてきた。
「ハッピバースデー・トゥーユ。おめでとう、アイちゃん」
 波瑠、菜津、亜希だ。あたしの目の前には、6本の炎が揺らめいている。
「ありがとう。マジ、ありがとう…」
「泣くなよ、アイちゃん~。早くローソク消してよ~」
 亜希に急かされて、あたしは思いっきり息を吸った。20年前の船上バースデーのリベンジだ。さあ、今度こそ…と思ったら、消えちゃった!
「あ~~~~」。一同ため息。
「なんてことすんだ、このバカ!」
「マジ、おまえ、空気読めね~」
 あ~~、また、やっちまったか。海斗君。
「許さねー!」。ガールズからの集中砲火。
「すいません、すいません…」
 海斗君に名刺交換の芸をさせ、勘定を全部払わせることで落とし前となり、あたし達5人は、仲直りのカンパイ。からあげを追加し、仲良くケーキを食べた。
「ところでさあ、海斗は何でアイちゃんを呼び出したわけ?」
 つわりが落ち着き、体調のよくなった亜希が今日の核心を聞く。あたしも、それが聞きたかったのだ。皆が耳をそばだてる中、海斗君はケーキを頬張りながら、さらりと言った。
「たいした用事じゃないっす。軍艦島ヨットレースのメンバーが足りなくて、アイちゃんに助っ人頼もうと思って」
「え~~、それだけ?」と、波留。
「そうっすね」
「それって、電話で済む話じゃん!」と、菜津。
 3人の美脚が、テーブルの下で激しく動いた。
「痛っ~~」と叫ぶ海斗と、再びため息をつくガールズ。
 いいのよ、いいのよ、みんな。ちょっとがっかりしたけど、これでいい。あたしにとって、海斗君はいつまでたっても、あの6歳の時の海斗君なのだ。

 坂の街に来てもうすぐ1年。
 今日は一番楽しい日になった。何枚も写真を撮り、ビールもおかわりした。しばらくすると、海斗君の独特のノリにガールズたちも慣れてきて、イジリ倒していた。笑いが絶えない最高のひと時になった。
 窓の外を見ると、通りに飾り付けられたランタンの灯が見えた。
 よかよか、なんとかなる、きっと今年はいい年になる。がんばろう。
 ぼんやりとした光が優しく揺れていた。

(坂の途中シーズン2 終了)


【参考文献・サイト】
1. 畠山昌樹.ぼくはアスペルガーなお医者さん 「発達障害」を改善した3つの方法.KADOKAWA 2015.
2. 滝川一廣.こどものための精神医学.医学書院 2017.
3. 貴戸理恵.「コミュ障」の社会学.青土社 2018.
4. 2019長崎ランタンフェスティバル
5. アイをCHODAI! short ver. 長崎大学病院初期研修オリジナルPRソング 
6. 崎長ライト.思案橋に夜9時でよかですか?

著者プロフィール

崎長ライト(ペンネーム)=濱田久之(長崎大学病院医療教育開発センター長)。長崎県の離島生まれ。予備校講師などを経て医師に。長崎県に医師をリクルートする新鳴滝塾事務局長としても県内外を奔走している。

連載の紹介

連載小説「坂の途中」
初期研修医・鈴木アイが、在宅医療を通して、様々な患者さんと出会い成長していく物語。指導医の僕はアイの奔放さに戸惑いながらも、診察Tipsを伝授していく。ゆったりとした時間が流れる坂の街で、心温まる物語が紡がれていく。

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