「アイちゃんが、そこまで海斗に会いたいと言うのなら、まあ、亜希に聞いてみるか」
 いやいや、波瑠さん。そんなこと、言ってませんよ、あたし。
「そうねー、人生初デートを妨害するのは、ちょっとね~」
 いやいや、菜津さん。「初」ではないよ、こんなあたしでも、中学2年の時…。
「アイちゃん、何をブツブツ言ってるのよ」
「いや、あの…」
 心配してくれる同期がいることは、正直うれしい。いや、いじられているだけ? まあ、いいや。この街に来て一番の収穫は、波留、奈津、亜希、3人の親友ができたことだ。こんなあたしを心配してくれているのは間違いない。
 いつも皆を先頭で引っ張ってくれる亜希は年明けからつわりがひどくなり、ここ数日は自宅静養している。
 ことの顛末を波留がLINEのグループで流すと、亜希から返事が来た。
『わかった。許可します! しかし、安全を確保するため、アイちゃんは、私の指定するコースでデートをすること。夜10時には家に帰ること!』
 なんじゃ、それ? 中学生かよ!

(イラスト:タテノカズヒロ)

 それから半月が経ち、2月になった。
 もうすぐあたしの誕生日という土曜の夕方、佐藤先輩と湊公園で待ち合わせした。
「すごいなあ、きれい~」
 寒く澄んだ空気に映し出される極彩色の光。無数のランタンがゆらゆらと揺れている。それにしても、人が多すぎる。
 先輩、どこだ~? 人がごったがえす公園での待ち合わせは失敗だった。スマホで連絡を入れようとコートのポケットに手を突っ込んだ瞬間、後ろから肩を叩かれた。
「中国の旧正月を祝う行事『春節祭』を起源とする『ランタンフェスティバル』。何個のランタンがあるか知っている?」
 佐藤先輩が、あの時のいたずらっ子のように笑っている。太い眉に大きな目、エクボは変わらない。うん、ぱっと見はかっこいい。あたしは微笑んで「お久しぶりです」と挨拶をする。龍や虎や天女の巨大なオブジェが、あたし達を見下ろしている。
「だから、何個だと思う?」
「えっ?」
「1万5000」
「はあ」
 のっけから、噛み合わない。
「数えてみようか、ふたりで」
「いや、無理ですよ」
 ウソだろー。先輩、ホントに数え始めたよ。
「1、2、3、4、…」
「あの~、寒くないですかあ」
 白のキャップにサングラス。ダウンジャケットも白。2月に信じられないハーフパンツも白で、素足に赤のシューズ。上から下まで、ヨットマン御用達のブランド、ヘリーハンセン。完全に場違いな格好だ。ちょっと一緒に歩くのは…。
「さっきまで、ヨットに乗ってたんだ。軍艦島まで練習で」
 結局、懐かしさを確認する言葉を交わすことはなく、互いの研修をねぎらう笑顔を交わすこともなく、108まで数えたと思ったら、先輩は突然歩きだした。ニット帽に紺のダッフルコートという地味なあたしが、白いヨットマンの後を追う。
「先輩、どこに?」
 人混みの中に消えてゆきそうになる背中に声をかけると、
「えっ、だって、アイちゃんが指定したじゃん」と、ムッとした顔。
 何で、そんな顔? 確かに、これから行く店を事前には知らせていた。亜希の指示通り、1軒目は「とり福」というこの街で一番人気の唐揚げ屋さん。それにしても、ちょっと変わった人とは思っていたけど、こんなに変だったっけ?

 とり福は満席。噂通りの人気店だ。あきらめて別の店を探そうと、外に出た時に呼び止められた。
「アイちゃん? 亜希ちゃんの友達の」
 エプロン姿の女性から声をかけられた。ママのようである。
「2階に席とってあるけん、よかよ」
「ありがとうございます」。さすが、地元っ子の亜希に抜かりはない。
「彼氏さん?」。ママがにやりと聞いてきた。
「いや…、大学の…」と口ごもるあたしに先輩がかぶせてきた。
「はじめまして、佐藤海斗、市民病院研修医1年目です」
 お~、これが噂の名刺交換! 名刺入れの上に名刺を乗せて、腰を45度曲げている。
「あら、若いのに、しっかりしているのね。イケメンの素敵な彼氏ね~」
 いや、別に彼では…。でも、ちょっとうれしい。
 あたし達は2階に上がり、空いている一番奥のテーブルに座った。
 天井の低いフロアには、小学生くらいの男の子と女の子を連れた家族連れ数組が、賑やかに唐揚げにかぶりついている。どうやら誕生会のようである。ママが下からケーキを運んできた。ローソクに火がつけられると、皆がバースデーソングを歌う。あたしも手拍子したが、先輩は黙って見ていた。
 今日の主役らしい女の子がしっかりと火を吹き消すと、拍手が沸き上がる。その時、先輩が何か言ったようだが、聞き取れなかった。
「何?」
「ごめん」と、先輩。
「何のこと?」
「君のローソクを消した。船の上で」
「!!」
 先輩、覚えてくれていた。
 突然、母と父から抱きしめられた6歳の誕生日の風景を鮮明に思い出した。
「あー、アイちゃん、怒っている?」
 あたしは言葉を出せず、激しく首を振った。
 先輩、あたしは幸せだったんだよね、とっても。
「ごめんなさい。アイちゃん、泣かないで」
 ちがうの、先輩。うれしいの。あなたが覚えていてくれて。

 その時、テーブルが揺れた。
「はい、お待たせ! からあげ・骨なし、胸やき・塩、ビール2杯!」
 えっ、まだ注文してないよ。涙目のあたしが先輩と目を合わせると、
「亜希ちゃんからのおごり」
 ママがウインクして、忙しそうに階段を下りて行った。ありがとう、亜希、ママさん。あたしは深呼吸した。