「身内だからといって、いい加減に診察してはダメだ!」
 勘弁先生は車に乗り込む前にあたし達をビルの外に呼び出して怒り、詳細な紹介状の作成を命じた。伸江さんの部屋に戻り、亜希は再度問診を始める。
「大学病院の研修医の南沢亜希と申します。相田伸江さんですね? 大変申し訳ありませんが、お話をもう一度聞かせてください」
 照れながらも真剣に祖母に向き合う孫娘の姿は、なんとも微笑ましかった。

写真1 60歳男性。主訴は全身性角化性の紅斑(掻痒感なし)。(写真1、2とも提供は長崎大学病院皮膚科・アレルギー科の鍬塚大氏)

写真2 写真1と同じ患者の背面。診断は「尋常性乾癬」。

 伸江さんは2日後、大学病院の皮膚科専門医、桑山先生の外来を受診した。
診察後、桑山先生は亜希とあたしに指導してくれて、伸江さんと亜希のお母さんも一緒に話を聞いていた。
「総論的には…」
●乾癬の発症率は、日本人で0.1~0.2%程度とされているが、最近は増加傾向
●増加の原因のひとつに、食生活の欧米化、メタボリックシンドロームなどの関連も示唆されている
●乾癬患者では心筋梗塞や脳卒中のリスクが高まるという報告もある

「私が最初に見た時、単なる湿疹かと思ったんです。視診のポイントとかあるんですか?」
「そうだね。これかな」
 亜希の質問に、桑山先生は講義用のスライドを見せてくれた。

提供:長崎大学病院皮膚科・アレルギー科の鍬塚大氏

「さすが、専門医。ドヤ顔の勘弁とは違うね~」
 亜希があたしに耳打ちする。あたしも質問してみた。
「治療はどうするんですか?」
「ステロイド外用のみだと、ステロイド皮膚萎縮など副作用の問題がある。ビタミンD3外用を併用することで一定の効果と維持が可能で、副作用も軽減できる。生物学的製剤、Bioの使用も可能なんだ。大学ではほとんどBioの外来治療になってきたね」
 なかなか深い話だ。再度質問する。
「生物学的製剤ですか? 関節リウマチなんかで使う…」
「数年前まではTNFα阻害薬のみで、結核などの重篤な副作用を引き起こす問題点があったんだ。近年、IL-23やIL-17を特異的に抑えるBioが出てきた。速やかな皮疹の改善が期待できるとともに、重篤な副作用を生じにくいと言われているんだよ」
「そうなんですか」
 先生は、しっかりとした口調で、皆を見ながら言った。
「亜希先生のおばあさんも、外来治療でBioを使用することになると思う。しっかり治療しますから、安心してください」
 亜希は研修医から孫の顔になり、声を弾ませた。
「ありがとうございます! 安心しました。よかったね、ばーちゃん」
「今後は、早めに皮膚科にコンサルトしてほしいね」
「分かりました! 気をつけます」

 伸江さんとお母さんをタクシーに乗せ、亜希とあたしは病院のカフェで遅い昼食を取る。店内はクリスマスのデコレーションで、ジングルベルが流れていた。
「アイちゃん、世の中、クリスマスだよ。知ってた?」
 自嘲気味に笑う亜希とあたしは、先月から循環器内科を一緒に回っている。
「病棟とカテーテル室の往復だけだもんね」
 コーヒーをすすりながらも、あたしたちは、PHSを常に気にしていた。心筋梗塞の季節となり、いつでも救急室に走ってゆく準備をしておかなければならない。亜希はスニーカーの靴ひもを締め直した後、ナプキンで手を拭いた。
「アイちゃんにひとつ謝らなければならないことがあるんだ」
「えっ、何?」
「私、緊急当番から外してもらおうと思ってんだ」
「えっ、どうしたの?」
 元短距離選手の亜希は、いつも真っ先にカテーテル室に走る。その亜希に何が起こったのか?
「体調でも悪いの?」
「いや、まあ。放射線がちょっとね」
 カテーテル室では、医療者は鉛のプロテクターを着るが、放射線を浴びることは避けられない。そのため、個人用の線量計を付けて被曝量の管理はしっかりされている。
「私、妊娠したんだ」
「えっ」
 含んでいた熱いコーヒーを噴き出しそうになった。なんとか飲み込むと、胸が熱くなり鼓動がしてきた。え~、こんな時に、何て言えばいいんだ? 
 いつ確認しましたか? 最終生理はいつですか? 腹痛などはないですか?
 ちがう、ちがう。あたしは亜希に問診しているわけではない。
 曲は、ジョン・レノンの『ハッピークリスマス』に変わり、店内に看護学生の集団が入って来て、一気に賑やかになった。
「えっとー」
「ごめんね。たぶん、アイちゃんの当番が増えて、きつくなるから」
「そんなこと、どうでもいいよ。えっとー、とにかく、おめでとう。えっとー、まさに、ハッピークリスマスだね」
 亜希は、力なく微笑み、右手をお腹に当てた。
「おめでとうって言われたの、初めてかも」
 美しい人が悲しむ表情は、悲しみをさらに深めて見せるようだ。
 あたし達は、若い学生の賑やかなおしゃべりの後ろから聞こえてくるジョン・レノンの歌声をじっと聞いていた。

A very Merry Xmas 
And a happy New Year 
Let's hope it's a good one
Without any fear

[Happy Xmas (War Is Over)、John Lennon & Yoko Ono より]


1. 大槻マミ太郎(専門編集),ここまでわかった 乾癬の病態と治療,中山書店,2012.

2. 塩原哲夫,佐藤伸一,宮地良樹編集,皮膚アレルギーフロンティア Vol.13(1),2016.

3. Abuabara K1, Azfar RS, Shin DB, Neimann AL, Troxel AB, Gelfand JM. Cause-specific mortality in patients with severe psoriasis: a population-based cohort study in the U.K. Br J Dermatol. 2010 Sep;163(3):586-92.