Cadetto.jpのロゴ画像

連載小説「坂の途中」

シーズン2 第6話
女子研修医の恋バナ

2018/12/11
崎長ライト

(イラスト:タテノカズヒロ)

 菜津が語り出し、あたしは聞き役となる。
「女性医師の3人にひとりが結婚して、3人にひとりが結婚して離婚。そして3分の1は結婚しない。実際、先輩たち見ててもそんな感じよね? 私、どのグループに属すんだろう?って、よく考えるよ。正直、焦ってる感はある」
 波留が返す。
「菜津は大丈夫じゃない? 彼とすぐに結婚しそうじゃん」
「あいつ? だめだね。だって、留年2回もしたから、まだ5年だよ」
「そっかー、そうだったね。彼、実家は東京だったっけ?」
「うん」
「じゃあ、マッチングで向こうに帰るかもしんないね」
「あるね。潮時だなーとも思う。お互いにずるずるはね…」
 菜津は最近、彼と会ってないようだ。このまま自然消滅のような気もするが、はっきり決着をつけて次に行きたいような、それを応援してもらいたいような……。「その気持ち、はっきり伝えたら?」
 あたしが彼女のニュアンスをくみ取って言うと、菜津は喜んでくれて、また愚痴る。
「それにさあ。あいつ、意外と古風というか、時代遅れというか、女は家庭に入り、旦那を支えるべきって、考えてるのよ」
「結構多いよ、そう考える男の先生」と、波留も相槌を打つ。(参考サイト1)
 あたしはワークライフバランスの講演で聞いたことを思い出した。「女性医師のキャリア」というタイトルだったと思う。
 女性医師として働く場合、時間的制約が多くなる。そこを理解し、協力してくれる男性は多くなく、対象となる相手の絶対数が少ない。さらに、女性医師が男性医師を結婚相手と希望する比率は7割以上だが、逆に男性医師が女性医師を結婚相手に選ぶ比率は2割以下というデータもある(参考サイト2)。
 学生時代の恋愛あるいは研修医時代の恋愛相手と20代で結婚しなければ、その後、女性医師が結婚する機会は極端に減るとも聞いたことがある。菜津が結婚を焦るのも当然のような気がする。
「でもね。結婚できたとしてもさ、子ども産んで常勤でバリバリ働くのって、かなり難しそうなんだよね」(参考サイト3)
 確かに、そういうデータも見たことがある。

 今度は、菜津が波留に突っ込む。
「波留はどうなのよ?」
「あたし?」
 波留の顔が曇った。
 波留は、研修医同期の和人君と夏頃から付き合っている。ふたりともオープンな性格だから、堂々と一緒に帰ったりしている。たぶん、半同棲みたいな感じだろう。
「えっ? うまく行ってないの? リア充って、思ってた」
「JKじゃあるまいし、そんなに浮かれてないわよ」
 どうやら、菜津より深刻なようだ。
「真剣だから深刻なのよ」
 和人君は北海道出身。関東の大学を出て、この街へやってきた。将来的に感染症分野で国際的に活躍したいそうだ。一方、波留は開業医の跡取り娘である。将来のキャリアプランがまったく違うので悩んでいるようだが、あたしには問題ないように思える。
「でも、好きなら結婚してさ。波留ちゃんはお父さんの跡ついで、和人君はアフリカと日本を行き来して研究すれば…」
「そんな簡単にはいかないわよ。開業医って、結構大変なのよ」
 波留があたしに噛みついてきた。
「うちはさ、郊外で小さな医院と施設やってるんだけど、それでも30人くらい従業員いるのよ。内科医の父と事務担当の母でさ、日々悪戦苦闘って感じよ。ひとりじゃ絶対無理」
「ごめん、ごめん、何も知らなくて」
 あたしは慌てて謝った。うかつに人の恋路に首を突っ込むものじゃない。
「いや、いいの。こっちこそ、ごめん。つい、マジになって…。アイちゃんには関係ないのに。これは、結局はあたし自身がどう生きるかの問題なのよ」
 和人君の夢を潰してまで、家業に巻き込むことはできないと波留は考えているようだ。だったら、家業を捨ててまで、和人君の夢を一緒に追いかける覚悟が自分にあるかと問われると…。
「自信ないなあ」
 波留がリンゴ飴を舐めながら、つぶやいた。行きかうフェリーやヨット。白い波は交差すれども、それぞれの方向へ進んでいく。

「結局は、亜希ちゃんが一番先にゴールインしそうだね」
 あたしが言うと、ふたりもうなづく。
 亜希の彼は、幼馴染の消防士。ふたりで小さい頃から「おくんち」に出ているし、家族ぐるみの付き合いだそうだ。美男美女のお似合いのカップルだ。何の問題もない。
「は~~」
 3人とも、長いため息が出る。

 波留が思い出したように聞いて来た。
「ところでさ、アイちゃん、どうなの? あの市民病院に勤めてる先輩とは、ホントに何もないの?」
 あれ、あたし、話したっけ? カマ掛けられている?
「ない、ない、なにも」
「先輩を追って、この街に来たんじゃないの?」
「いやー、そういうことじゃないんだけど…」
「てっきり、そうかと思ってたよ」
 波留と菜津は、顔を見合わせた。
 そう言われればそうかもしれないが、純粋にここの研修がいいと思ったし、正直、家族のゴタゴタから逃げて研修に集中したいとも思っていた。
「でも、やっぱり好きなんでしょ? 佐藤先輩のこと」
 名前までバレている。さすが、ガールズの情報網。核心を突いてくる。
「好きなら、ちゃんと告ればいいじゃん」
「えっ!?」
「さっき、あたしに『はっきり伝えたら?』って言ったの、誰?」
 にやりと笑う菜津の太い唇は、リンゴ飴で真っ赤になっている。リンゴのなくなった棒の先で、波留があたしの脇をつつく。
「告っちゃえ」
「ヤダよ~」
 菜津もつつく。
「告っちゃえよ」
「ヤダよ~」
 あたし達はケラケラとJKのように笑った。久しぶりに大笑いした。

 お祭りを見て、美味しい物を食べて、恋バナをして、フツーの女子を満喫した一日となった。仕事ばかりして日々がすぎてゆき、気づいたらこの街に来てもう半年以上。こんな一日も必要だと、心から思う。
 対岸の稲佐山に建つテレビ塔に大きな夕日が重なるのを見て、あたし達はようやく立ち上がった。明日の仕事のことがそれぞれの頭に浮かんだと思うが、誰も口には出さない。夕日がすぐに落ち、薄暗くなったデッキには、家路を急ぐあたし達の靴音がせわしなく鳴り響いた。


※作者注)物語の設定上、龍踊を登場させましたが、2018年の長崎おくんちでは、龍踊の踊り町はありませんでした。念のため、追記いたします。


  • 1
  • 2
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

著者プロフィール

崎長ライト(ペンネーム)=濱田久之(長崎大学病院医療教育開発センター長)。長崎県の離島生まれ。予備校講師などを経て医師に。長崎県に医師をリクルートする新鳴滝塾事務局長としても県内外を奔走している。

連載の紹介

連載小説「坂の途中」
初期研修医・鈴木アイが、在宅医療を通して、様々な患者さんと出会い成長していく物語。指導医の僕はアイの奔放さに戸惑いながらも、診察Tipsを伝授していく。ゆったりとした時間が流れる坂の街で、心温まる物語が紡がれていく。

この記事を読んでいる人におすすめ