龍の泣き声が秋の空に響いている。
 大太鼓が石畳を揺らし、風が銅鑼(ドラ)の音と共に舞い、シンバルが鼓膜を突き刺さした。同期の波留と菜津が叫ぶ。
「アイちゃん、やばい、やばいよ!」
「アイちゃん、来たよ! 龍踊(じゃおどり)、来たー! 」
 大きな龍が動き出し、玉を追って上に下にくねくねと回りながら諏訪神社の境内を走り回る。拍手と歓声が棚田のように敷き詰められた桟敷席から降り注がれた。
 祭りは最高潮。鍛え込んだ精悍な強者ぞろいの担ぎ手の額に、朝日を浴びた汗が光る。
「すごい、すごい、すごい!」
 あたしは、スマホで動画を撮影しながら、思わず叫んでいた。

 今日はこの街の最大のお祭り、「おくんち」の初日。
 400年くらい前から続いている伝統のお祭りに、今年は祝日が重なったおかげで、30万人を越える人々がこの街を訪れていた。あたし達もお休みをもらい、諏訪神社の境内に組まれた桟敷の上の方で、龍踊の奉納を見物していた。
 地元出身の波留が解説してくれる。
「この街の中心部には、諏訪神社の氏子である町が60くらいあるのよ。それぞれの町に7年に一度、『踊り町(おどりちょう)』の当番が回って来て『演じ物』と呼ばれるその町特有の演目を奉納するの」
「へ~」
「龍踊のほかに、鯨の潮吹き、太鼓山(コッコデショ)、御朱印船とか、ポルトガルやオランダ、中国やベトナムなどの文化の影響を受けた独特でダイナミックな演じ物が…」
「あそこ、あそこ、亜希だ!」と、菜津が指した。
 担ぎ手の後ろの方に、ラッパやシンバルを持ったチャイナ服の男性と女性の囃子方が一列に並んでいた。
「右から3番目が亜希。蓮葉鉦(ばっつお)って名前のシンバルみたいな楽器」
「ほんと、カワイイ! っていうか、カッコイイ!」
 研修同期の亜希の赤いチャイナドレス姿。すらりと伸びた足に、引き締まったボディーと切れ長の目、この日のために生まれてきたように思えるほど美しい。彼女は、生まれも育ちも市街地の踊り町。実家はそこそこ有名なお菓子屋さんだそうだ。
 あたしはズームアップして、亜希のチャイナ服姿を追う。
 画面の中で、亜希の前にいる男子に目が止まる。
 龍踊チームの先頭の龍頭を担ぐ筋肉隆々とした精悍な男子。亜希の横で静止し、荒い呼吸と共に盛り上がった胸板が前後に動く。龍頭のついた長い棒を両手で顔の前に持ち、視線は正面に固定されている。額の汗が端正な顔立ちの頬から顎にかけて流れ、朝日を反射する。
「カッコイイ」。思わず、ため息が出そうになる美男子。
「でしょー。あのイケメンが翔太君。亜希の幼馴染で、彼氏」
 波留もうっとりしている。
「消防士だって」
 その時、観客が一斉に立ち上がり、叫び始めた。みんな、腕を下から上にぐるぐる回し、大声をあげる。
「モッテコーイ! モッテコーイ!」
どうやら、アンコールの掛け声のようだ。境内から長い石段の方へ降りた龍を再び境内へ戻すように客たちは騒ぐ。
「モッテコーイ! モッテコーイ!」
 あたしも、立ち上がり、お腹の底から大きな声で叫んだ。
「モッテコーイ! モッテコーイ!」
 高い秋空を突き抜ける大声。ひさしぶりに、気持ちよかった。

 諏訪神社での奉納踊を満喫した後、波留と菜津とあたしは路面電車に乗って「おくんち」の出店がたくさん並ぶ大波止(おおはと)へ。ここはお祭りの間、諏訪神社などの神様が集まる「御旅所」としてにぎわう。
「すごい人だね」
「こんな西の果ての田舎に、こんなに人が…って、思ってるでしょ?」
 波留が、あたしに突っ込む。正直、そう思う。満員電車並みの混雑だ。人々は、
通行止めとなった道路の両側に並ぶテント仕立ての露店に並ぶ。射的、くじ引き、リンゴ飴、焼きそば、アイスクリーム、お好み焼き、箸巻、クレープ……。梅ヶ枝餅は特に人気のようだ。長い行列ができている。
「アイちゃん、何食べたい?」
「あれ!」
 あたしは決めていたものを指さした。
「リンゴ飴? アイちゃん、子どもじゃん」。菜津が笑うと、
「今日は地元の祭りだから、地元民からのおごり」と、波留が赤いリンゴ飴を買ってくれた。
 波留も菜津も亜希も…、この街の人はみんな優しいのだ。
 波留、菜津、亜希を、勘弁先生は「研修ガールズ」と呼んでいる。
 バブル時代の派手に遊んでいたワンレン・ボディコン女子を連想させる90年代っぽいネーミングだが、実際の彼女たちはまったく違う。流行のオルチャンファッションをうまくコーディネートして身を包んでいる彼女たちは、かなり堅実な考え方を持つ。
「まあ、なんだかんだ言ったって、あたし達は地元のまじめ女子の典型よ」
 開業医の長女の波留は言うと、
「そう、ジミーズ。なんせ、勉強して医学部女子になったわけだから」
 と、公務員一家の菜津が笑う。ジミーズとは、地味系女子の意味らしい。
あたし達は出店街から少し離れ、ヨットハーバーを見下ろす木製のデッキの2階で休憩した。白い大小のヨットが行儀よく並び、その向こうには観光船が行きかい、さらに遠くにタンカーがどっしりと構えている。笛や太鼓の音や人のざわめきが聞こえる。潮風を感じながら、甘いリンゴ飴をなめる3人の女子研修医。
 こんな時、病院や仕事の話などしたくない。自然と話は決まってくる。
 左から波留が聞いてきた。
「アイちゃんは、結婚考えたことある?」
「ないよ、だって、相手もいないし」
 右から菜津が突っ込む。
「そういうことじゃなくて、自分の人生プランの中で、結婚とか」
 首をかしげた。考えたことがないわけではないが、相手もいないし、実感もない。
「私、毎日考える。3分の1ルールってよく言うじゃない」