奥様が倒れてから、先生は医院の外来を閉めた。在宅患者も他院への紹介を進め、徐々に減らしているそうだ。長年診ていて断れない入院患者も数人いるが、その患者たちも転院の目途がたったそうだ。
「店仕舞いしようと思ってんのよ」
「そうだったんですか。失礼ですけど、先生はおいくつ…」
「ちょうど、70」
「父と同じです」
「年齢的な衰えもあるけど、もう時代についてゆけないわなー」
「そうですか? 最先端の在宅医療をなされているように思えましたが」
 在宅医療を多少なりともかじった身として、小西平先生の診察技術、エコー機器を操る技術は、ペーペーのあたしと比べ物にならないことはひと目で分かった。在宅医療を行うための知識や人的ネットワークも凄いと思う。
「ありがたいね。アイちゃんからそう言われるとうれしいよ」
「まだ、やれますよ」
「仕事の知識とか技術はまだ衰えてないから、あと5年くらいやれそうな気もするんだがね」
「じゃあ、どうして? やっぱり奥さんのご病気の…」
「いや、そうじゃない。今更、嫁のために仕事辞めるなんて言ったら、あいつは怒るに決まってる。『あんたは仕事以外、何にもできない。仕事が趣味で、趣味が仕事の人間』って、さんざん言われてきたから」
「じゃあ?」
「俺はもう、世の中からはじかれてるのよ」

 先生はさらにいくつかのエピソードを語りだした。
「あの小西平とかいう先生の熱心な仕事のやり方には、ちょっとついてゆけない。独善的」。ある訪問看護ステーションの若い看護師はSNSにこう投稿した。
「規則なので、時間外の教育はやめてください」。地域研修に来ていた大学病院の男性研修医が非常に熱心だったので、夜中の看取りに数回連れて行ったら、大学教授から電話。おまけに、事務からは研修医の残業代の請求が来た。
「『患者が、家族が…』と言ってルールを曲げようとする小西平先生のやり方は時代に合っていない」。あるケアマネは施設の上司に直訴した。
「無料・低額診療をするならば、施設基準とかいろいろ面倒なので、地域医療支援病院である大きな医療法人に吸収してもらった方が…」。行政は慇懃無礼に提案してきた。
「すみませんが、今の病院の勤務をまだ続けたいし、こどもたちの学校の関係もありますから…」。極めつけは、大きな病院に勤める内科医である娘婿。医院の継承を拒否された。

 長年続けてきた「患者第一の医療」とか、自分の時間を仕事に捧げるという「医師像」は、今や完全に否定されている。先生はこう考えているようだ。
「昔ながらの赤ひげは、今の若い者にとっては最悪の医者なのさ」
 確かにそうかもしれない。実際、あたしも先生にクレーム(?)を付けた人たちの気持ちはよく分かる。
 でも、先生がちょっとかわいそう。しょんぼりと背中を丸めた先生を慰めたいけど、ありきたりの言葉しか出てこない。
「やっぱり働き方改革の影響ですかね?」
「医者も看護師も“労働者”になっちまったからなあ」
「そのようですね」
「俺は好きで医者になったから、死ぬ時も医者でいたいんだよ」
 あたしは拍手した。
「カッコイイ! 先生、ステキです。あたしは先生に憧れてこの道選んだんですから。誰がなんと言おうと、あたしのお師匠さんは先生です」
 ちょっと上げすぎたかもしれないけど、先生の表情は明るくなった。
「そうか、医者は俺の天職だからな」
 少し元気が出てきたようで、先生はニコニコして持論を展開する。仕事は英語ではworkとかjobだが、天職となると、mission、vocation、callingと言うらしい。
「天職とは、神さんから与えられた命令なわけよ。これは日本人も西洋人も同じだろ。だからさ、法律がどうこうとか関係ないわけよ。こっちは、好きでやってんのよ。ぐだぐだ、言うな!っての」
 医師という職業を天命と信じて生涯全うできる最後の世代が、小西平先生たちなのだろうか。そういえば、勘弁先生も、近代西洋医学教育の父ポンペ(J.L.C.Pompe van Meerdervoort 1829-1908、在日期間1857-62)の言葉をよく引用していた。

「医師は自らの天職をよく承知していなければならぬ。ひとたびこの職務を選んだ以上、もはや医師は自分自身のものではなく、病める人のものである。もしそれを好まぬなら、他の職業を選ぶがよい」

(イラスト:タテノカズヒロ)

「小西平先生は、幸せですよね」
 “労働者”の医者にさえなれていない若輩者だが、ふと、こんな言葉が出てしまった。
 先生はきょとんとして、あたしを見る。胡坐を解いて、三方のカルテ棚をゆっくりと見回した。まるで、これまで見てきた、あるいは看取った患者さんの顔をひとりずつ思いだすような神妙な顔つきだった。
「そうさな、俺以上に幸せな医者はそうそういないだろう」
 先生はつぶやいて、年季の入った聴診器を首から外し、あたしの首にかけた。
「アイちゃん」
「はい」
「仕事に戻りな」
「……」
「明日、帰りな。おまえさんが帰る場所はここじゃない」
「……」
「おまえさんがどこに居ようが、おまえさんの家族はおまえさんの家族だ」

 その夜は、ユウが入院していた病室を借りて寝た。
 三津田さんからメールが来た。坂の街の若葉クリニックの在宅医療専用車の運転手さんだ。
 亡くなった上野キヨさんの遺品整理を教会の人がしていたら、日記が出てきたという。ある日の記録をスマホで撮ったものが転送されてきた。
 細い鉛筆でしっかりと書かれた几帳面な文字が並んでいた。キヨさんらしい、凛とした美しさが画面から伝わる。

今日は、アイちゃんが来る。
この新米先生は、きっといいお医者さんになるはず。
これから、きっと大変だろうが、明るく元気で頑張ってほしい。

 あたしはスマホを置いて、ベッドに横になり布団をかぶった。声を殺して、泣いた。かすかに、母の香りがした。


【参考文献】
1. 日経メディカル シリーズ◎医師の働き方改革

2. ウィキペディア ヨハネス・ポンペ・ファン・メーデルフォールト